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2026年3月17日

Visa委託レポートが示す「アクワイアラーのエージェンティックコマース対応」──既存インフラへの過信と現場の3つの壁

目次
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この記事のポイント

  1. PYMNTSがVisa委託で米・UAE・ブラジルのアクワイアラーを調査、エージェンティックコマース対応の実態を公開
  2. 多くのアクワイアラーが「既存インフラで対応可能」と回答する一方、規制・ID・責任分担の課題が未解決
  3. EC事業者は決済パートナーのエージェント対応状況を精査し、トークン化・不正対策の整備を優先すべき

PYMNTSとVisa Acceptance Solutionsが共同レポートを発表

2026年3月、PYMNTS IntelligenceはVisa Acceptance Solutionsの委託により、決済処理事業者(アクワイアラー)がエージェンティックコマースにどう備えているかを分析したレポート「How Acquirers Prepare for Agentic Commerce」を公開しました。調査対象は米国、UAE、ブラジルのアクワイアラーで、AIエージェントが自律的に商品を選定・決済する「エージェンティックコマース」時代に向けた業界の準備状況を明らかにしています。

Visaは2026年のホリデーシーズンまでに数百万人の消費者がAIエージェント経由で購買を完了すると予測しており、アクワイアラーの対応は急務となっています。

業界動向

エージェンティックコマースは、2025年後半から2026年にかけて急速に現実のものとなりつつあります。Visaは2025年10月に「Trusted Agent Protocol」を発表し、正規のAIエージェントと悪意あるボットを識別するオープンフレームワークを構築しました。現在、100社以上のパートナーとグローバルで連携し、30社以上がVisa Intelligent Commerceのサンドボックスで開発を進めています。

一方、PYMNTSの調査では、小売業者がAIエージェント対応のために「商品カタログのマシンリーダブル化」「決済権限の委任モデル構築」「紛争解決プロセスの再設計」といった構造的変革を迫られていることが報じられています。こうした変化の波は、小売の上流に位置するアクワイアラーにも確実に押し寄せています。

レポートの主要発見──「既存インフラで十分」の楽観と現実のギャップ

今回のレポートで最も注目すべき点は、多くのアクワイアラーが「既存の決済インフラでエージェンティックコマースに対応できる」と考えている点です。決済レール自体は技術的に対応可能であるとの見方が主流を占めています。

しかし、技術的な対応能力と市場での実装には大きな隔たりがあります。レポートは、加盟店側が直面する3つの実務的障壁を指摘しています。

第一の壁:統合コストとレガシーシステム。加盟店がAIエージェント対応のために既存システムを改修するコストは大きく、特に中小規模の事業者にとっては深刻です。Visa Intelligent Authorizationに関するPYMNTSの報道によると、年間処理額10億ドル未満の小規模アクワイアラーで「加盟店の統合ショッピング体験の要求に高い自信を持っている」のはわずか10%にとどまっています。

第二の壁:不正検知とID認証。AIエージェントによる取引は、既存の不正検知システムにとって「ボットのように見える」という根本的な課題があります。Visaは2026年初頭までの半年間で、ダークウェブ上の「AIエージェント」関連の投稿が450%増加したと報告しています。アクワイアラーは不正防止、ID検証、エージェント取引管理の3つの分野を優先的に強化する必要があると認識しています。

第三の壁:規制と責任分担の不在。消費者がAIエージェントに購買を委任した場合、「その取引を承認していない」という紛争が発生した際の責任はどこに帰属するのか。現行の消費者保護法は人間が取引を開始することを前提としており、2026年3月時点でエージェンティックコマースを直接規制する法律は世界のどの法域にも存在しません

Visaが進めるインフラ整備とKnow Your Agentの潮流

レポートの背景には、Visa自身が進めるインフラ整備の動きがあります。2026年3月に提供が拡大されたVisa Intelligent Authorizationは、単一のAPI統合で主要カードネットワークの処理を可能にし、99.999%のアップタイムと96.3%のグローバル承認率を実現しています。Visaのアジア太平洋バリューアドサービス責任者であるAxel Boye-Moller氏は「現在のインフラの多くは、エージェンティックコマースやステーブルコイン、デジタルウォレットを含む新しいコマース時代に対応するよう設計されていない」と述べています。

アクワイアラーが注目すべきもう一つの動きが「Know Your Agent(KYA)フレームワーク」です。PYMNTSとTruliooの共同調査に基づくこのフレームワークは、従来のKYC(顧客確認)・KYB(事業者確認)に加えて、「自律的に行動するエージェントの確認」という第三の層を提案しています。調査では約90%の企業がボット管理を「大きな課題」と回答し、不十分なID管理により年間約1,000億ドルの損失(不正、誤った取引拒否、顧客喪失)が発生していると推定されています。

EC事業者への影響と活用法

今回のレポートはアクワイアラー向けですが、EC事業者にとっても重要な示唆を含んでいます。

決済パートナーの「エージェント対応力」を評価する。自社が利用するアクワイアラーやPSP(決済サービスプロバイダー)が、AIエージェントからの取引をどの程度サポートできるかを確認すべきです。モジュール型のサードパーティソリューションを活用すれば、小規模な事業者でも高額な自社開発なしに対応を進められます。

トークン化を最優先で導入する。VisaのTrusted Agent Protocolはトークン化技術を基盤としています。ネットワークトークンは、サブスクリプション管理から不正防止、AIエージェントによるエージェント決済の安全な実行まで、エージェンティックコマースの基盤技術となっています。

紛争対応プロセスを再設計する。AIエージェントが購買した取引に対するチャージバックや紛争処理のフローを、現時点から検討しておく必要があります。責任分担のルールが未確定な現状では、加盟店側に責任が帰属する可能性が高いためです。

まとめ

今回のPYMNTS/Visaレポートは、エージェンティックコマースに対するアクワイアラーの認識と現実のギャップを浮き彫りにしています。「既存インフラで対応可能」という技術的な楽観論と、規制・ID・責任分担という非技術的な課題の深刻さが並存している状況です。

次に注目すべきポイントは、Visaのアジア太平洋・欧州でのパイロットプログラムの展開状況と、KYAフレームワークの業界標準化の進展です。Visaが予測する「2026年ホリデーシーズンまでに数百万人がAIエージェントで購買」というタイムラインを踏まえると、アクワイアラーとEC事業者の双方にとって、残された準備期間は決して長くありません。