この記事のポイント
- InMobi CEOのNaveen Tewari氏がAI Impact Summit 2026でエージェンティックコマースの透明性・説明責任を訴え
- AIエージェントが購買を代行する時代に、意思決定の不透明さや責任所在の曖昧さが業界課題に浮上
- EC事業者はAIエージェント導入時に「なぜその商品を推薦したか」を説明できる設計が求められる
InMobi CEO、AI Impact Summit 2026で透明性の重要性を強調
Naveen Tewari, the founder and CEO of InMobi Group says that while agentic AI holds tremendous potential for commerce, companies must ensure these systems operate transparently and ethically
www.business-standard.com2026年2月22日、InMobi GroupのCEO兼創業者であるNaveen Tewari氏は、ニューデリーで開催されたIndia AI Impact Summit 2026において、エージェンティックコマースの将来像と、その実現に不可欠な「透明性」「説明責任」について講演しました。
Tewari氏は「AIインテリジェンスをコマースに持ち込めば、経済成長を根本から変えることができる。しかし、それは本物でなければならない」と述べ、過去10年間にデジタルプラットフォームが生み出した「歪み」に言及しました。「ソーシャルメディアはしばしばアテンションを操作してきた。エージェンティックシステムは透明で、説明責任を果たすものでなければならない」と明確に主張しています。
業界動向
エージェンティックコマースとは、AIエージェントが消費者に代わって商品を検索し、比較・評価し、安全性を確認し、決済まで完了する仕組みです。Mastercardの解説によれば、「ブルーのパンツを50ドル以下で買って」と指示するだけで、AIが検索からサイズ選び、決済、配送先入力までを一括で処理する世界が現実になりつつあります。
この技術が急速に注目を集める背景には、India AI Impact Summit 2026での相次ぐ発表があります。Mastercardはサミット会場でインド初の認証済みエージェンティック取引を実演しました。Pine LabsはOpenAIと提携し、98万超の加盟店にAIエージェント駆動の決済機能を提供する計画を発表しています。Tewari氏自身も、エージェンティックコマースが2047年までにインド経済に約3兆ドルの価値を追加すると推計しています。
一方で、この急成長に対する懸念も表面化しています。AIエージェントが購買判断を代行する場合、「なぜその商品を選んだのか」が消費者に見えなくなるリスクがあります。Mastercardの分析は、エージェントが意図を誤読して全く異なる商品を注文する可能性、不正検知システムがAIの自動取引を不審と判定するリスク、そしてミスが発生した際の責任の所在という3つの課題を指摘しています。
InMobiが描く「コマースインテリジェンスグラフ」
Tewari氏の講演で注目すべきは、InMobi傘下のGlanceが構築する技術アーキテクチャの具体像です。
Tewari氏は、複数のAIモデルが連携してエージェンティック体験を生み出す構造を説明しました。その中核にあるのが「コマースインテリジェンスグラフ」です。これはナレッジグラフに類似した仕組みで、商品情報、ブランド、価格帯、消費者の文脈といったコマース要素を構造化して理解します。その上に生成AIの体験レイヤーが乗り、コマースに特化したアウトプットを生成します。
さらにTewari氏は「リビングコマースコンテキストグラフ」という概念を紹介しました。これは消費者のその瞬間の状況、何を求めているか、価格やブランドに対する感度をリアルタイムで把握する仕組みです。「このモデルに情報を入れれば、最も効率的な購買経路を見つけ出す。数百万、数十億の購買経路から最適解を導く"パーチェスパス最適化"が実現する」と述べています。
InMobi GroupはすでにGlance AIと生成AIアドテックスタックに2億ドル(約300億円)を投資しています。Glanceは消費者向け事業を担うInMobi傘下の企業で、Google、Jio Platforms、Mithril Capitalなどから累計3.9億ドルを調達し、評価額は17億ドルに達しています。米国での初期トライアルでは、150万ユーザーが4,000万件以上のパーソナライズドルックを生成し、50%が画像を保存・共有、40%が購買プロセスを開始するという成果を上げています。
Tewari氏の主張のポイントは、この強力なAI駆動型コマースだからこそ「パーソナライズドフィード」から「パーソナルフィード」への進化が必要だという点です。従来のパーソナライズドフィードは企業側のアルゴリズムが選んだ情報を表示しますが、パーソナルフィードはAIが消費者個人のために、リアルタイムで商品フィードを生成します。この違いこそが透明性の要であり、推薦の根拠が消費者に開示されるべきだとTewari氏は訴えています。
EC事業者への影響と活用法
Tewari氏の主張とエージェンティックコマースの急速な進展は、EC事業者に3つの重要な示唆を与えています。
AIエージェントの「推薦理由」の開示が標準になりつつあります。 Mastercardが提唱するAgentic Tokenは、AIエージェントを個別ユーザーに紐づけ、取引の全過程で透明性とセキュリティを担保する仕組みです。Digit.inが取材したMastercard AI GarageのNitendra Rajput氏は、エージェンティックコマースでは「商品を探すエージェント」「ユーザーの嗜好を理解するエージェント」「安全なマーチャントを識別するエージェント」「最適な決済手段を選ぶエージェント」が協調動作すると説明しています。EC事業者は、自社の商品データをこれらのエージェントが正しく読み取れる構造化データとして整備し、推薦根拠を追跡可能にする対応が求められます。
ミスが起きた際の責任フレームワークを事前に設計すべきです。 AIエージェントが意図と異なる商品を注文した場合、小売側が返品コストを負担するのか、AIエージェント開発者の責任なのか、消費者の自己責任なのか。Mastercardはこの責任所在の問題をエージェンティックコマースの核心課題と位置づけ、業界横断のルール整備を進めています。EC事業者も、AIエージェント経由の注文に対する返品・返金ポリシーの見直しを早期に検討する必要があります。
インド市場がエージェンティックコマースの実験場となっています。 インドは週間ChatGPTユーザー数が1億人を超え、世界第2位の市場です。Pine Labs、Razorpay、Mastercardが相次いでエージェンティック取引の実証を進めており、ここで確立されるベストプラクティスがアジア全域、さらにグローバルに波及する可能性があります。
まとめ
Tewari氏の主張は、エージェンティックコマースの推進者でありながら「ブレーキ」を踏むべきタイミングを示した点で重要です。AIがコマースの意思決定を代行する時代に、過去のソーシャルメディアが犯した「アテンション操作」という過ちを繰り返さないために、推薦ロジックの透明性、責任の所在の明確化、消費者のコントロール権の確保が不可欠です。
今後注目すべきは、MastercardのAgent PayやAgentic Tokenが業界標準として定着するか、各国規制当局がAIエージェント取引にどのようなガイドラインを設けるか、そしてInMobi/Glanceのコマースインテリジェンスグラフが実際の消費者体験をどこまで変えるかです。エージェンティックコマースは「何を買うか」だけでなく「どう信頼するか」が問われるフェーズに入っています。




