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2026年4月9日

ERC-8004完全解説 — Ethereum Foundation・Google・Coinbase提案のオンチェーン・エージェント識別標準【2026年版】

この記事の要点

  1. ERC-8004はAIエージェントのアイデンティティ・能力・評判をオンチェーンで記録・検証するEthereum標準規格。
  2. 中核はIdentity・Reputation・Validationの3レジストリで、エージェントの履歴と認証を改ざん不能な形で蓄積する設計になっている。
  3. Visa TAPやMastercard Verifiable Intentが中央集権型の信頼モデルなのに対し、ERC-8004は分散型の対抗軸で長期的な選択肢。

信頼レイヤーにWeb3から届いた分散型の対抗軸

AIエージェントの信頼レイヤーには、カードネットワーク(Visa、Mastercard)、プロトコル標準(AP2)、そしてWebアクセス層(Web Bot Auth)といった複数の答えが並びます。もう1つ、毛色の違う答えがWeb3側から出てきています。それがERC-8004です。2025年後半にEthereum Foundation、Google、Coinbaseの共同提案として公開されたこの標準は、エージェントのアイデンティティをブロックチェーン上で管理する枠組みです。

本記事では、ERC-8004の構造、既存の信頼レイヤーとの違い、そしてEC事業者として知っておくべきポイントを整理します。全体像はMCP・A2A・AP2・UCP・ACP完全比較にまとめました。

ERC-8004とは何か

ERC(Ethereum Request for Comments)は、Ethereum上のスマートコントラクトや標準化された仕組みを定義するための仕様体系で、ERC-20(トークン)やERC-721(NFT)などで知られています。ERC-8004は、この系譜に「AIエージェントのアイデンティティ標準」を加えるものです。

提案者はEthereum Foundation、Google、Coinbaseの3者で、これは単なるエコシステム側の提案ではなく、大手テックとカード以外の決済プレイヤーが真剣に取り組んでいることの表れでもあります。Googleが自社のAP2と併走させて推している点も特徴的で、「エージェント経済のインフラはカードネットワークだけに任せない」という意志が読み取れます。

3つのレジストリ — Identity / Reputation / Validation

ERC-8004の構造は、3つのレジストリコントラクトに分かれています。

Identity Registryは、エージェントを一意に識別するためのレジストリです。エージェントが生成されるとそこに登録され、提供者情報、暗号鍵、メタデータが紐付けられます。発行された識別子は事実上NFTのように機能し、譲渡・移管もオンチェーンで追跡できます。

Reputation Registryは、エージェントの過去の挙動を記録する仕組みです。あるエージェントが別のエージェントやサービスと取引したとき、その結果(成功、失敗、評価スコア)がこのレジストリに書き込まれます。時間とともにエージェントごとの「信用履歴」が形成され、新しい取引相手がそれを参照できます。

Validation Registryは、エージェントの能力や適合性を第三者が検証した記録を保管します。KYC機関のような立場のバリデーターが「このエージェントは特定の要件を満たす」と証明し、その証明をオンチェーンに書き残します。Skyfireが提供するKYA(Know Your Agent)のようなコンプライアンスレイヤーと繋がる部分です。

この3層構造により、エージェント経済で重要な3つの問い「誰か」「何をしてきたか」「何を保証されているか」にそれぞれ答えを与える設計になっています。

Skyfire / AP2 / Web3決済との関係

ERC-8004は単独で完結する仕様ではなく、周辺エコシステムと組み合わせて機能します。最も明確な接続先がSkyfire KYAPayで、SkyfireのKYA IDがERC-8004のIdentity Registry上の属性として記録される設計になっています。これにより、Skyfireネットワークの外からもエージェントのKYA状態を検証できます。

GoogleのAP2との連携は、AP2のAgent Cardに「ERC-8004 Identity ID」を埋め込む形で実現されています。AP2対応エージェントが取引を行うとき、Agent Cardを通じてERC-8004上のReputation履歴を参照できます。これは集中型の信頼モデルに依存しない、分散型のエージェント信用情報の最初の実装になります。

Coinbaseを中心とした暗号通貨エコシステムでは、ERC-8004をオンチェーン決済やDeFi統合と組み合わせる実装が進んでいます。例えば、AIエージェントがオンチェーンのレンディングプロトコルを使うとき、ERC-8004を通じて「このエージェントは過去に債務不履行を起こしていない」ことを検証できます。

Visa / Mastercardとの根本的な違い

ERC-8004の最大の特徴は、中央に管理者がいないことです。Visa TAPは結局のところVisaが鍵を管理し、Mastercard Agent Payはどこかの時点でMastercardのネットワークを通ります。ERC-8004は、エージェントのアイデンティティも評判も、スマートコントラクト上に記録されるだけで、特定の会社がそれを所有していません。

この違いはメリットとデメリットの両方を生みます。メリットは、誰かが意図的にエージェントを排除することが難しく、国家や企業による検閲に強いことです。デメリットは、問題が起きたときに「誰に苦情を言えばいいのか」が明確でなく、ユーザー保護の仕組みが現行の金融規制と整合しにくいことです。

結果として、ERC-8004は既存の金融規制に縛られにくい領域——クリプト経済、AI-to-AI取引、オープンソースエコシステム——で先に浸透する可能性が高いでしょう。対して一般的なEC取引では、当面はVisa TAPやMastercard Agent Payが主役であり続けるでしょう。

EC事業者としての留意点

2026年4月時点で、EC事業者がERC-8004を直接実装する必要性は低いです。ただし2つの観点で注視しておく価値があります。

1つ目は、暗号通貨決済やNFT販売などを取り扱うマーチャントの場合、ERC-8004ベースの信頼システムが顧客体験の一部になる可能性が高いという点です。エージェントがNFTを購入するとき、ERC-8004で保証されたエージェントのみ許可する、といった運用は理にかなっています。

2つ目は、長期的な信用基盤としてのオプション性です。Visa / Mastercardの中央集権モデルに完全に依存することのリスクが将来顕在化したとき、ERC-8004のような分散型の代替が存在することは、交渉力や選択肢の幅として価値があります。具体的な実装を急ぐ必要はありませんが、存在と動向を認識しておくことは有益です。

まとめ — Web3側からの信頼レイヤー

ERC-8004は、エージェント経済の信頼基盤として「分散型の答え」を提案する標準です。Visa TAPやMastercard Agent Payが既存金融から伸びる手なら、ERC-8004はWeb3から伸びる手です。2026年時点ではまだ初期段階ですが、Ethereum Foundation、Google、Coinbaseという組み合わせがそれを後押ししており、無視できない存在になっています。

エージェント経済の信頼レイヤーは、中央集権型、準中央集権型(AP2のようなプロトコル標準)、分散型(ERC-8004)の3系統が並立する構図になりつつあります。EC事業者として重要なのは、どれか1つに絞ることではなく、取引の種類ごとに適切な信頼モデルを選べるように各系統の成熟度を追っておくことです。