この記事のポイント
- PayPalとPhocusWireが旅行業界向けエージェンティックコマースの13ページのホワイトペーパーを共同発表
- 米国旅行者の56%がすでに旅行計画にAIを活用、2030年までにグローバルで3〜5兆ドルの市場規模を予測
- 旅行事業者は5つのインフラ選択肢から自社に適したアプローチを選び、今すぐ準備を開始すべき
ホワイトペーパーの全容

The report provides a look at how agentic AI is reshaping travel commerce and what travel merchants must do to prepare for the next phase of AI-driven discovery, booking and payment.
www.phocuswire.com2026年4月、PayPalとPhocusWireは「Agentic Commerce in Travel: Preparing for the Industry's Next Big Shift」と題したホワイトペーパーを公開しました。著者はPhocusWireのMichelle Bruno氏。全13ページにわたり、旅行業界におけるエージェンティックコマースの現状、課題、インフラ選択肢、そして事業者が取るべきアクションを体系的にまとめています。
生成AIからエージェンティックAIへ、さらにエージェンティックコマースへ。レポートはこの進化の連続性を「AI in travel exists on a continuum(旅行におけるAIは一つの連続線上にある)」と表現しています。生成AIが旅行者のリサーチと計画を支援するのに対し、エージェンティックAIはその先、フライトの予約、接続便の変更、決済の完了まで旅行者に代わって「実行」します。
なぜ旅行業界が「今」動くべきなのか
56%という数字が、業界の切迫感を物語っています。Phocuswrightの最新米国消費者調査「The AI Surge: Travel's Fastest Behavioral Shift in a Decade」によると、過去12か月間で米国旅行者の2人に1人以上がChatGPTやGoogleのAI Modeなどを旅行計画や現地サポートに使用しました。欧州でも英国22%、フランス19%、ドイツ16%と浸透が進んでいます。
さらに注目すべきは企業側の動きです。同じくPhocuswrightの調査「Budgets, Barriers and the Race to Agentic AI」では、旅行企業の83%がすでに生成AIを導入済みであり、約6割がエージェンティックAIの実験またはスケーリングに着手していると報告されています。MCP(Model Context Protocol)やA2A(Agent-to-Agent)といった相互運用プロトコルの探索も同水準で進行中です。
こうした消費者と企業の双方の動きに加え、GoogleのWebMCPが2026年2月に利用可能になったことで、AIエージェントがWebサイトのGUIを介さずバックエンドと直接通信する「隠れたハイウェイ」が開通しました。航空会社、ホテル、OTAのサイトで、クリックなしにフライトや部屋が予約される時代が近づいています。
Sabre・Mindtrip・PayPalの「端から端まで」
レポートが具体例として取り上げるのが、Sabre、Mindtrip、PayPalの3社によるエージェンティックAIトラベルアシスタントです。2026年2月に発表されたこの提携は、業界初のエンドツーエンドのエージェンティックAI体験を標榜しています。
仕組みはこうです。旅行者がMindtripのプラットフォーム上で自然言語で旅行プランを伝えると、AIアシスタントがフライトとホテルのパーソナライズされた選択肢を提示し、フォローアップの質問を行い、予約を完了します。裏側では、Sabreの旅行プラットフォームがリアルタイムの検索・料金・在庫・予約・サービシングを処理し、PayPalのデジタルウォレットが本人確認とシームレスな決済を担います。予約後の旅程変更まで一貫して対応できる点が、従来の「チャットボット」との決定的な違いです。
旅行業界が直面する5つの壁
では、なぜ旅行業界でのエージェンティックコマースは難しいのか。レポートは課題を5つに整理しています。
信頼と統制の問題が筆頭です。エージェントが金銭を使い、予約を変更し、銀行システムとやり取りし、ロイヤリティポイントを消費する。ミスの責任は誰が負うのか。eBayがAIエージェントによる無断アクセスを利用規約で禁止したように、自律性にどこまで許可を与えるかは未解決のままです。
規制の不確実性も深刻です。消費者保護法、決済規制、税務要件が複雑に絡む旅行業界では、「何を合法的に自動化できるか」自体が不明確です。Gartnerの予測では、「慎重かつ戦略的な判断」を欠くことにより、2027年末までにエージェンティックAIプロジェクトの40%以上が中止される見込みです。
そのほか、人材のスキルギャップ、インターライン航空券や多通貨返金といったエッジケースの処理、スピードと安全のバランスも課題として挙げられています。
5つのインフラ選択肢と事業者への示唆
レポートの実務的な核心は、エージェンティックコマースのインフラを「家の建て方」に例えた5つの選択肢です。自社構築(最大の制御と最大のコスト)、ハイパースケーラー活用(Google・AWS・Azureの基盤上に構築)、汎用エージェントフレームワーク(ツールと設計図だけ購入)、ベスト・オブ・ブリード(機能別に別ベンダー)、そしてエンドツーエンドのエージェンティックコマースプラットフォーム(統合型の外部基盤)です。
レポートが推奨色を帯びるのは5番目のオプションです。PayPalが2025年10月に発表したエージェンティックコマースサービス群は、決済ソリューション「Agent Ready」とカタログ・注文管理の「Store Sync」で構成され、単一の統合で複数のAIエコシステムに接続できます。旅行事業者にとっては、分断されたツール群を個別に管理するよりも、ライフサイクル全体を一貫して扱える基盤の方が現実的でしょう。
McKinseyの試算では、2030年までに米国B2Cリテール市場だけで最大1兆ドル、グローバルでは3兆〜5兆ドルのエージェンティックコマース収益が見込まれています。IATAが2025年の航空会社アンシラリー収益を1,440億ドルと予測していることを考えれば、AIパーソナライゼーションによるアンシラリー収益の押し上げは旅行業界にとって巨大な機会です。
まとめ
McKinsey Global InstituteのLareina Yee氏の警告が、レポートの結論を端的に伝えています。
Before long, nearly all retailers will have to grapple with the fact that a significant percentage of their customers will not be human users but rather AI agents. The challenge will be to get out in front of it now, before your rivals do.
Phocuswrightのアナリスト、Mike Coletta氏も「問われているのは、自社がこれらのツールを採用するかどうかではない。展開の仕方を形作る側に立てるかどうかだ」と指摘しています。旅行事業者にとって、エージェンティックコマースへの対応はもはや「やるかやらないか」の議論ではなく、「どう始めるか」のフェーズに入っています。




