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2026年2月23日

リテールメディアの「簡単に稼げる時代」は終わった ── 1000億ドル超市場で問われる計測力とテクノロジー投資

目次
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この記事のポイント

  1. リテールメディアが世界で3120億ドル規模に成長する一方、サプライヤー予算頼みの成長は限界に
  2. 広告主のROAS偏重が上位ファネル拡大を阻む「ROASトラップ」問題が顕在化
  3. EC事業者はインクリメンタルROAS(iROAS)を軸にした計測基盤の整備が急務

リテールメディア、成長フェーズの転換点

2026年2月22日、業界メディアBeet.TVはCES 2026でのインタビューに基づく分析記事を公開しました。独立アナリストのAndrew Lipsman氏が「リテールメディアの簡単に稼げる時代は終わった」と明言し、業界が計測技術とテクノロジーへの本格投資を迫られるフェーズに入ったと指摘しています。

Forresterの最新予測によると、世界のリテールメディア支出は2025年の1840億ドルから2030年には3120億ドルへ、年平均成長率11%で拡大する見通しです。2030年時点でリテールメディアはテレビ広告支出の2倍に達し、最大級の有料メディア投資カテゴリとなります。しかし、この成長予測の裏側には構造的な課題が潜んでいます。

業界動向

リテールメディアとは、小売企業が自社のECサイトや店舗、アプリなどの顧客接点を広告メディアとして収益化する仕組みです。Eコマースの急拡大とともに、購買データに基づく精密なターゲティングが可能な広告チャネルとして急成長してきました。

これまでの成長を支えてきたのは、主にサプライヤー(メーカー)の「トレードマーケティング予算」のデジタルシフトでした。店頭プロモーションに投じていた予算をリテールメディアへ振り替える動きが加速し、小売企業は比較的容易に広告収入を積み上げることができたのです。

しかし、Lipsman氏は「サプライヤーの予算は限界に達しつつある」と警告しています。メーカー側からは「これ以上リテールメディアへの支出を増やす余地がない」という声が上がっており、従来型の予算移行モデルだけでは成長を維持できなくなっています。

米国市場では寡占化も進んでいます。eMarketerの予測によると、Amazon AdsとWalmart Connectの2社で、2025年から2026年にかけてのリテールメディア増分支出の89%を獲得する見込みです。Amazon Adsの市場シェアは79.7%、Walmart Connectは8.0%で、3位のTarget Roundel(1.5%)との差は圧倒的です。

「ROASトラップ」と計測の壁

Lipsman氏が特に問題視するのが「ROASトラップ」と呼ぶ現象です。リテールメディアネットワーク(RMN)がオフサイト広告、特にCTV(コネクテッドTV)へ拡大しようとする際、従来のROAS(広告費用対効果)偏重の評価基準が障壁となっています。

CTVのような上位ファネル(認知・興味喚起)向けの在庫は、CPM(1000回表示あたりの広告費)が高くなります。これをROASで評価すると、直接的な購買コンバージョンが少ないため数値が見劣りします。広告主は「同じオーディエンスにRMN経由で高いCPMを払う理由がない」と反発するのです。

Lipsman氏が提唱する解決策が「iROAS(インクリメンタルROAS)」への移行です。iROASは、広告を出さなくても発生していたであろうコンバージョンを除外し、広告による純粋な売上増分のみを測定する指標です。従来のROASでは、ブランド検索広告やリターゲティングのように「どのみち購入していた顧客」への広告が高い数値を示す一方、実質的な新規売上への貢献は小さいケースが多くあります。iROASはこの「見かけ上の効果」と「真の効果」を切り分けます。

IAB Europeも2026年1月にリテールメディア計測基準の第2版を公開し、業界標準化を推進しています。しかし、広告主が平均6つのRMNを利用し、2026年末には11に達すると予測される中、ネットワーク間でパフォーマンスデータの比較ができない状況が続いています。Skaiの調査では、自社の計測を「強く信頼している」広告主はわずか15%にとどまります。

CTV進出と「本物のメディア企業」への脱皮

成長の次なるフロンティアとして注目されるのが、CTV(コネクテッドTV)を軸としたオフサイト広告の拡大です。

Amazonは、DSP(デマンドサイドプラットフォーム)を通じてプレミアムCTV市場の約50%にアクセスできる体制を構築しています。Rokuとの提携により米国CTV世帯の80%にリーチ可能となり、Disney+、ESPN、Huluの在庫にも直接アクセスできます。初期テストでは、広告主が予算を変えずにユニークビューアーを40%多くリーチし、広告の重複配信を30%削減する成果が出ています。

一方のWalmartは、2024年12月に完了したVizioの22億ドルでの買収が本格稼働し始めています。Walmart Connectのグローバル広告収入はVizioを含めて前年比46%成長し、CTVはWalmart Connect全体で最も成長が速い領域となっています。さらに、VizioのOSを自社プライベートブランドのOnn TVラインに展開する計画が進んでおり、実現すれば米国世帯の4分の1から3分の1にリーチ可能な独自のCTVエコシステムが完成します。

Lipsman氏はこの動きを「パフォーマンスTV」の到来と位置づけています。ナローターゲティングとクローズドループアトリビューション(購買データに基づく効果測定の完結)を組み合わせた「これまで不可避と言われてきた大きなイノベーション」であり、CMOはもはやこの変化を無視できないと述べています。

ただし、同氏はリテールメディアネットワークが「本物のメディア企業のように振る舞う」必要性も強調しています。ナショナルブランドの広告予算は従来MetaやGoogleに流れてきました。その予算を獲得するには、サプライヤーへの依存から脱却し、メディアバイイングの高度な実行力を身につけなければなりません。

EC事業者への影響と活用法

リテールメディアの転換期は、EC事業者にとっていくつかの実務的な意味を持ちます。

まず、「広告費の評価軸を見直す」ことが求められます。ROASだけでなく、iROAS(インクリメンタルROAS)を計測の柱に据えるべきです。ブランド検索広告やリターゲティングでROASの数値を追いかけるだけでは、広告がなくても発生していた売上を過大評価するリスクがあります。A/Bテストやインクリメンタリティ分析を導入し、広告による純粋な売上増分を把握する体制の構築が重要です。

次に、「マルチRMN運用の効率化」を検討すべきです。広告主が平均6つのRMNを利用する時代にあって、各ネットワーク間でデータフォーマットや計測基準が統一されていない現状は大きな課題です。統合的なダッシュボードやクロスネットワーク分析ツールの導入を検討する必要があります。

さらに、「CTV広告の活用を視野に入れる」ことも重要です。AmazonやWalmartのCTV在庫が充実する中、購買データと連動した精密な動画広告配信が可能になりつつあります。特に上位ファネルでの認知拡大を目指すブランドにとって、リテールメディア経由のCTV広告は有力な選択肢となります。

まとめ

リテールメディアは1000億ドル超の巨大市場に成長しましたが、サプライヤー予算の移行という「簡単な成長」の時代は終わりを迎えています。今後の成長を左右するのは、iROASを中心とした計測技術の高度化、CTVなどオフサイトチャネルへの拡大、そしてメディア企業としての実行力です。

AmazonとWalmartの2強がCTVやデータ連携で先行する中、中小規模のリテールメディアネットワークは差別化戦略を急ぐ必要があります。EC事業者は、この構造変化を「自社の広告投資の見直し機会」として捉え、計測基盤の整備とチャネル戦略の再設計に着手すべきタイミングです。