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2026年4月16日

「エージェンティックコマースは完全に過大評価」──Grocery TV CEOが語る、実店舗メディア投資の本当の実力

この記事のポイント

  1. Grocery TV CEOがIAB Connected Commerceで「エージェンティックコマースは完全に過大評価」と発言し、業界の注目を集めた
  2. 実店舗リテールメディアは平均14%の売上リフトと4.7倍のROASを記録しており、計測手法も確立されている
  3. 2026年、CVS・Kroger・Hy-Veeが店内デジタルスクリーンを大量展開し、実店舗メディアは本格的な成長フェーズに入った

「買い物はまだスーパーで起きている」

エージェンティックコマースがカンファレンスの議題を席巻する2026年春。その空気を真っ向から切り裂く発言が飛び出しました。4月15日、IAB Connected Commerce Summitの壇上で、Grocery TV共同創業者兼CEOのMarlow Nickell氏はこう言い切りました。

エージェンティックコマースは完全に過大評価されていると思います。

この発言の重みは、Nickell氏の立場を知ると増します。Grocery TVは全米6,500店舗以上、120を超える小売パートナーと提携し、4人に1人のアメリカ人にリーチする実店舗リテールメディアネットワークです。The DrumのCommerce Media Power 100にも選出された、業界の実務家として知られる人物です。

彼が突きつけた論点はシンプルです。食料品取引の90%は今も実店舗で発生している。Covid-19で自宅に閉じ込められた時期でさえ、この比率はほとんど変わらなかった。なのに業界の関心と投資は「よりデジタルに聞こえるもの」に偏り続けている、と。

「計測が難しい」という誤解を数字で覆す

実店舗メディアが過小評価される背景には、根強い誤解があります。「計測が難しい」「購入が面倒」「パフォーマンスが見えない」の三点です。Nickell氏は、これらすべてに具体的な反論を用意していました。

計測については「正直なところ、最もストレートな手法の一つです」と述べています。Grocery TVはサードパーティの計測パートナーと連携し、露出群と非露出群の比較、回帰分析、店舗レベルの比較によってリフトとリターンを算出しています。2025年4月には業界初のクローズドループ計測ソリューションを導入し、広告インプレッションと売上データを直接紐づけることに成功しました。Hy-Veeがローンチパートナーとなったこの仕組みでは、CPGブランドの平均で4.7倍のROASを記録しています。

購入の複雑さについても、実態は異なります。在庫は主要DSPを通じてプログラマティックに購入可能であり、マネージドサービスも併用できます。Nickell氏の言葉を借りれば「実際の取引方法は他のメディアチャネルと何も変わらない」のです。

そして肝心のパフォーマンス。Grocery TVのキャンペーンは平均14%の売上リフトを一貫して記録しています。キャンペーンに実店舗メディアを加えることで、リーチが平均49%増加するというデータも出ています。

クリエイティブと社内体制が勝敗を分ける

計測や購入のハードルが下がった今、差がつくのはどこか。Nickell氏が強調したのは「社内の難しい会話」を済ませたかどうかです。

成果を出しているブランドは、予算配分のどこに実店舗メディアを位置づけるか、誰が担当するか、どうブリーフするか、環境に合ったクリエイティブをどう制作するかを事前に決めています。初期の導入企業が既存のデジタル広告素材をそのまま店頭に転用していたのに対し、成熟したプレイヤーは特定のゾーン・タイミング・購買ミッションに合わせた専用クリエイティブを制作しています。

Marsとの年末キャンペーンを例に挙げ、Nickell氏は「想定を上回る成果が出た」と述べました。レジ周りはMarsにとって明白な接点ですが、すべてのブランドに当てはまるわけではありません。重要なのは「店内に出る」ことではなく、「製品と購買の瞬間のロジックが一致する場所に出る」ことです。

小売大手のスクリーン大量投入が始まった

Nickell氏の主張を裏付けるように、米国の主要小売チェーンは2026年に店内デジタルインフラへ大規模投資を行っています。Modern Retailの報道によれば、CVS Healthはフロントエントランスのスクリーンを500台から1,000台に倍増させ、薬局待合エリアの約2,000店舗、デジタルエンドキャップ600店舗超を含め、全米で大規模なデジタルスクリーン展開を進めています。Krogerは「Connected Stores」プログラムをパイロットから全国展開へ移行し、エンドキャップや冷凍食品セクション、店舗正面にスクリーンを設置しています。Hy-Veeは400店舗以上に10,000台超のスクリーンを設置済みです。

Coresight Researchの調査では、小売業界リーダーの97%が実店舗リテールメディアへの投資を進めており、87%が今後24ヶ月でさらに投資を増やす計画です。実店舗リテールメディアの収益シェアは現在の約7.4%から、12ヶ月以内に約9.1%へ拡大すると予測されています。

Grocery TV自身もこの1年でネットワークを33%拡大し、チームを34%増員。Walmart Connect出身のNeil Murphy氏をSVPに、NCMやGSTV出身のSteve Sapp氏をメディアパートナーシップ担当SVPに迎えるなど、経営陣を3名補強しています。

「過大評価」は孤立した意見ではない

Nickell氏だけが疑問を呈しているわけではありません。同じIAB Connected Commerceで、アナリストのAndrew Lipsman氏はエージェンティックショッピングを「人々がこの方法で買い物をするという集団幻覚」と表現しました。過去の「バイボタン」が普及しなかった事例を引き、サブスクリプションやAmazon Subscribe & Saveですら自動補充を定着させられなかった現実を指摘しています

一方でBayer社のRyan Verklin氏は、AmazonのRufusのような小売業者固有のAIアシスタント内でのコマースは進むと予測しており、業界の見方は割れています。ただしLipsman氏は「モバイルがデスクトップを殺す、ソーシャルコマースがECを殺すと言われたが、実際には共存してきた」と冷静に整理しています。

Nickell氏のポジションは「AIを否定する」のではなく、「足元の実店舗投資を怠って未来の語彙を磨くことの優先順位がおかしい」という実務家の視点です。

まとめ

実店舗を持つEC事業者、あるいはオムニチャネル戦略を推進するブランドにとって、Nickell氏の指摘は予算配分の再検討を迫るものです。平均14%の売上リフト、4.7倍のROAS、プログラマティック購入の確立、97%の小売リーダーが投資を進めている現実。これらのデータは、実店舗メディアが「古いチャネル」ではなく「未開拓の成長領域」であることを示しています。

エージェンティックコマースへの対応と実店舗デジタル化は二者択一ではありません。しかし、食料品購買の90%が実店舗で起きている以上、「未来のチャネル」への投資と「今のチャネル」の最適化のバランスは見直す価値があります。コマースの未来は、思っているよりもずっと、スーパーマーケットの棚の前にあるのかもしれません。