この記事のポイント
- JD.comのAIデジタルヒューマンを活用するセラーが7万店舗超に到達、GMVは数百億元規模
- ライブコマースの配信コストが実人間の1/10に低下し、中小セラーのライブ参入障壁が消滅
- 日本のEC事業者にとってAIライブコマースは「やるかやらないか」ではなく「いつ始めるか」の段階に
JD.comが7万店舗超のデジタルヒューマン活用を公表

JD.com reveals over 70,000 sellers use its digital humans for live streaming commerce
www.yicaiglobal.com中国EC大手のJD.com(京東集団)は2026年3月25日、AI進捗に関する記者会見において、同社のAIデジタルヒューマンをライブコマースの配信ホストとして活用するセラーが7万店舗を超えたことを明らかにしました。デジタルヒューマンによるライブ配信コストは実人間ホストの10分の1まで低下しており、2025年のGMV(流通取引総額)は数百億元(数十億ドル規模)に達しています。
JD.comは2025年12月にこのデジタルヒューマン機能を全セラーに無料開放しており、わずか3カ月で爆発的な普及を遂げた形です。
中国ライブコマース市場の課題とAIの解決策
中国のライブコマース市場は2026年に8.16兆元(約1兆ドル超)に達すると予測されており、ECの主要な販売チャネルとして定着しています。しかし、ライブコマースには「人件費」という大きなボトルネックがありました。プロの配信ホスト、撮影スタジオ、音響エンジニア、メイクアップアーティストなどのコストが中小セラーの参入を阻んでいたのです。
JD.comは自社開発のLLM「ChatRhino」と、京東雲の「言犀(Yanxi)デジタルヒューマンプラットフォーム」を基盤にこの課題を解決しました。言犀は音声認識(ASR)、マルチターン対話、自然な音声生成、人間らしい表情や身体の動きを統合的に処理するマルチモーダルAIプラットフォームです。
この動きはJD.comに限りません。2025年6月には、中国のインフルエンサー羅永浩がBaiduのAIモデルを活用したデジタルアバターでライブ配信を実施し、7時間で5,500万元(約765万ドル)を売り上げた事例も注目を集めています。中国EC業界全体で、AIデジタルヒューマンはもはや実験段階を超え、本格的なインフラとなりつつあります。
言犀デジタルヒューマンの技術と実績
JD.comのデジタルヒューマン技術がここまで普及した背景には、段階的な技術進化と実績の積み上げがあります。
2024年4月、JD.comは創業者・劉強東(リチャード・リュウ)のデジタルアバターを使ったライブ配信を実施しました。JD家電とJDスーパーマーケットの配信ルームに登場した「採銷東哥」は、開始1時間で2,000万ビュー、全体で5,000万元の売上を記録しました。この成功がデジタルヒューマンの認知度と信頼性を大きく押し上げました。
技術面では、言犀プラットフォームは以下の特徴を備えています。
- マルチモーダル対応: テキスト、音声、画像、動画を横断的に処理し、32秒間の1080p高画質動画をリアルタイム生成
- ゼロショット推論: 事前学習なしで新商品の紹介に対応可能
- 高精度レコメンド: 商品推薦の正確率が90%超、ユーザーからの一般的な質問の90%に自動対応
- コンバージョン向上: オフピーク時間帯の注文転換率を30%向上させ、真人ホストの80%を超える販売力を実現
ただし、JD.comのデジタルヒューマン部門担当者は「視聴者との対話の質をさらに高め、ライブスタジオへの定着率を上げるにはまだ課題がある」とも述べています。セラー側が商品のアフターサービス情報など、より詳細なデータをアップロードすることで、デジタルヒューマンの知識ベースが拡充され、対話品質が向上するという共同作業が求められます。
デジタルヒューマンを超えるJD.comのAI戦略
今回の発表で注目すべきは、デジタルヒューマンの普及実績だけではありません。JD.comは同時に、小売・物流・産業オペレーション・フードデリバリー・ホームサービスの強みを活かし、「世界最大かつ最も包括的なエンボディドインテリジェンス(身体性AI)データ収集センター」の構築計画を発表しました。
この計画では社内10万人以上の従業員と、外部から最大50万人の参加者を動員し、1年以内に500万時間、2年以内に1,000万時間の実世界映像データを収集する目標を掲げています。同時にロボット動作データ100万時間の収集も進め、「史上最大規模のデータ収集キャンペーン」と位置づけています。
また、エンボディドインテリジェンスブランド「JoyInside」は、家電・家具ブランド約100社、ロボット・AIトイブランド40社以上と連携を深めています。JoyInside 2.0はロボットやハードウェアメーカーに大規模言語モデル駆動のインタラクション機能を提供する「頭脳」として機能し、AIがデジタル空間だけでなく物理空間にも進出する布石を打っています。
EC事業者への影響と活用法
JD.comの事例が示すインパクトは、3つの観点で整理できます。
コスト革命。 デジタルヒューマンの導入コストは数千元(数万円)程度まで低下しています。スタジオ、音響、メイク、人材確保のすべてが不要になり、中小セラーでも24時間365日のライブ配信が現実的になりました。JD.comの無料開放は極端な例ですが、TaobaoやDouyin(TikTok中国版)でも類似のAIホスト機能が拡大しています。
「深夜帯」の商機。 デジタルヒューマンは人間が配信しない時間帯をカバーできます。オフピーク時間帯でコンバージョン率30%向上という実績は、「配信しない時間=機会損失」という認識の転換を迫ります。
データ品質が競争力を決める。 デジタルヒューマンの対話品質はセラーが提供するデータに依存します。商品情報、FAQ、アフターサービス情報の整備が、AIライブコマースの成果を左右する新たな競争軸です。
日本市場においても、TikTok Shopの本格展開やYahoo!ショッピングのライブ機能強化が進む中、AIホスト技術は近い将来に導入選択肢として浮上する可能性が高いと言えます。いまの段階で「商品データの構造化」と「FAQ整備」を進めておくことが、AIライブコマース時代への準備となります。
まとめ
JD.comのデジタルヒューマン活用が7万店舗を超えたという数字は、AIライブコマースが「一部の先進企業の実験」から「ECインフラの標準機能」へと移行したことを示しています。コスト10分の1、コンバージョン率30%向上、GMV数百億元という実績は、この技術の経済合理性を証明しました。
さらにJD.comがエンボディドインテリジェンスのデータ収集という次なるフロンティアに踏み出したことは、「デジタルヒューマン」が単なるライブ配信ツールにとどまらず、物理世界のロボティクスと融合していく方向性を示唆しています。EC事業者にとって、AIライブコマースへの対応は今後の競争力を左右する重要テーマとして認識すべき段階に入りました。



