この記事のポイント
- Coupangデータ漏洩後の「脱Coupang」で競合MAUが急伸し、韓国EC市場の勢力図が流動化
- 各社がAI自動運転物流・AIライブコマース・アートマーケティングと異なる軸で差別化に着手
- 価格競争の終焉とAI駆動のCX競争への移行が、EC事業者の戦略設計に示唆を与える
3,370万人の個人情報漏洩が変えた勢力図

Coupangデータ漏洩後、韓国EC市場でユーザートラフィック・配送戦略・メンバーシップ競争に明確なシフトが生じています。
koreatechdesk.com2025年11月、韓国EC最大手Coupangが3,370万人分の顧客データ漏洩を公表しました。元従業員による内部犯行で、氏名・電話番号・住所・注文履歴が流出。Coupangは1.69兆ウォン(約1,800億円)の補償を発表しましたが、消費者の信頼は揺らぎ、「脱Coupang」の動きが一気に表面化しました。
結果として2026年1月のMAUデータでは、GmarketがMAU前年比+25.4%、SSG.comが+17.9%と急伸。ただしKorea Heraldの報道によれば、Coupang自体のMAUも3月には3,503万人まで回復しており、市場全体の「パイが広がった」構図が浮かび上がります。11番街(815万人)、Naver Plus Store(777万人)、Gmarket(681万人)が追いかけ、中国勢のTemuとAliExpressも各700万人規模で食い込んでいます。
この流動化こそが、各社をAI駆動の差別化へと押し出した直接的な引き金です。
Coupangの自動運転トラック──物流の「中間マイル」をAIで攻める
価格では競合を引き離してきたCoupangが、次に踏み込んだのは物流の自動化です。
Korea Heraldが4月10日に報じたところによると、CoupangはRideFluxなど国内の自動運転企業と提携し、物流拠点間を走るトラックへの自動運転システム導入テストを開始しました。すでに一部契約は締結済みで、拠点間の貨物輸送と自動積み込みへの適用が進んでいます。
狙いは「ミドルマイル」と呼ばれる物流センター間の幹線輸送です。深夜・長距離ルートのドライバー確保が困難になるなか、自動運転トラックによる24時間稼働は、Coupangの代名詞である「ロケット配送(翌朝配達)」の競争力を根本から支える布石となります。業界関係者は「Coupangの最大の強みはロケット配送であり、物流効率の向上は競争力を大きく高める」と指摘しています。
背景には韓国政府が2025年に高速道路での自動運転パイロットプログラムを拡大した規制環境の変化もあります。Coupangは2025年8月時点で国内228か所の物流拠点を登録し、CJ Logisticsを抜いて韓国最大の倉庫事業者となりました。2024年から2026年にかけて物流インフラに追加で3兆ウォン(約3,200億円)を投じる計画で、自動運転はその中核技術として位置づけられています。
11番街のAI調理ショー──ライブコマースを「体験」に変える
物流ではなく「コンテンツ」で勝負に出たのが11番街です。
Korea Bizwireの報道によると、11番街は生成AIとライブコマースを融合させた新番組「먹고방(モッコバン)」を開始しました。AIがレシピを提案し、ホストがライブ配信で実際に調理する。初回放送では、AIが生成したレシピでタコと豚バラ肉の炒め物を調理し、視聴中に購入確認した視聴者には抽選でプレゼントが当たる仕組みです。
毎週水曜夜のレギュラー放送として、自社ライブコマースサービス「LIVE11」に組み込まれます。単なる商品紹介ではなく、AIが「献立提案→食材選定→調理プロセス」を一気通貫で設計し、そのまま食材購入へと接続するフローは、エージェンティックコマースの萌芽とも言えるでしょう。
韓国のライブコマース市場は急速に競争が激化しており、各プラットフォームがAIを活用したコンテンツで差別化を図る動きが加速しています。
SSG.comとアートマーケティングという異色のアプローチ
一方でSSG.comが選んだのは、テクノロジーとは異なる「文化」の領域です。韓国ECプラットフォーム各社がアートマーケティングを展開し、消費者のロイヤルティ獲得を図っているという動きが報じられています。価格やスピードではなく、ブランド体験そのものを差別化の軸に据える戦略は、AI駆動の効率化とは対極にあるように見えて、実は補完関係にあります。
AIが購買プロセスを効率化すればするほど、消費者が「どのプラットフォームで買うか」を決める要因は、機能ではなく感情的なつながりへと移行していきます。アートマーケティングはその感情的差別化を担う施策です。
EC事業者への示唆
韓国市場で起きている変化は、3つの戦略軸を提示しています。
まず、物流のAI自動化。Coupangの自動運転トラックは、人手不足とコスト増という世界共通の課題に対するテクノロジー解です。ミドルマイルの自動化は、ラストマイル配送のSLA(サービスレベル)を直接左右するため、配送品質の差別化に直結します。
次に、AIコンテンツコマース。11番街のAI調理ショーは、生成AIが商品発見から購買までの導線を設計する新しいモデルです。ライブコマースとAIレコメンデーションの組み合わせは、日本市場でも応用可能な領域でしょう。
そして、感情的ロイヤルティの構築。価格とスピードが均質化した先にある競争軸は、ブランドへの愛着です。Coupangのデータ漏洩がMAU流出を招いた事実は、信頼が一瞬で崩れるリスクを如実に示しています。
まとめ
韓国EC市場は、Coupangの一強体制から「多軸競争」の時代へと移行しつつあります。自動運転物流、AIライブコマース、アートマーケティング──各社が選んだ差別化の方向は異なりますが、共通するのは「価格以外の価値」で消費者を引きつけようとする姿勢です。
今後の注目点は、Coupangの自動運転トラックが商用運用に移行するタイミングと、11番街のAIコンテンツコマースがどこまでGMVに貢献するかです。データ漏洩から半年、韓国EC市場の再編はまだ始まったばかりです。



