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2026年4月9日

Mastercard Agent Pay完全解説 — Agentic TokensとVerifiable Intentでエージェント決済の意味を検証する【2026年版】

この記事の要点

  1. Mastercard Agent PayはAIエージェント決済のためのMastercardの枠組みで、中核はAgentic TokensVerifiable Intentの2要素である。
  2. Visa TAPが「エージェントの正当性」を検証するのに対し、Mastercardは「ユーザーの意図そのもの」をトークン化して検証する設計思想を取る。
  3. EC事業者にとっては承認率向上とチャージバック低減をもたらす受益型の枠組みで、2026年は主要PSPのパイロット観察段階である。

Mastercardが選んだのは「意図そのものをトークン化する」道

Visaが2025年5月にIntelligent CommerceとTrusted Agent Protocolを発表して数週間後、Mastercardも独自の答えを公表しました。それがMastercard Agent Payです。表面上は「エージェント決済に対応する」という似たコンセプトですが、中身を見ていくと、VisaとMastercardは同じ問題にまったく違うアプローチを取っていることが分かります。

本記事では、Mastercard Agent Payと中核技術のAgentic Tokens / Verifiable Intentの仕組み、Visa TAPとの対比、そしてEC事業者にとっての実務的な含意を整理します。信頼レイヤーの全体像はプロトコル完全比較に、Visa側の詳細はVisa Intelligent Commerce解説にまとめました。

Mastercard Agent Payとは何か

Mastercard Agent Payは、AIエージェントがカードを使って買い物をする際に、「何を」「誰の意図で」「どこまで」買おうとしているかをネットワーク側が検証できるようにする枠組みです。2025年春に発表され、OpenAI、Microsoft、IBMなどとの連携が同時に公表されました。

VIC/TAPが主に「このエージェントは正規か」を問うのに対し、Agent Payは「この取引はユーザーが本当に意図したものか」を問います。エージェントが手順を踏んでいても、ユーザーが意図していないカテゴリや金額の買い物をしてしまえば、結局は不正と変わりません。Mastercardの問題設定はそこにあります。

Agent Payの実装上の中核は2つの技術要素で成り立っています。1つはAgentic Tokensと呼ばれる特殊なカードトークン、もう1つがVerifiable Intentと呼ばれる意図検証フレームワークです。

Agentic Tokens — エージェント専用のカードトークン

従来のMastercardのトークン化技術(MDES / Mastercard Digital Enablement Service)は、カード番号を端末やアプリごとのトークンに置き換えることで、漏えい時の被害を局所化する仕組みでした。Agentic Tokensはこれを拡張し、AIエージェント単位でトークンを発行します。

1つのカードに対して、ユーザーはChatGPT用のトークン、Google Gemini用のトークン、Perplexity用のトークンをそれぞれ発行できます。各トークンには発行時にスコープ(「食料品カテゴリのみ」「月額上限500ドル」「平日のみ」など)を付与でき、エージェントがこのトークンを使おうとするとネットワーク側がスコープを強制します。

ポイントは、スコープ違反の判定が発行会社や加盟店ではなくMastercardネットワーク自体で行われることです。これによりエージェント提供者はスコープを強制する責任から解放され、ユーザーも「このエージェントのトークンだけ停止する」といった細かな制御が可能になります。

Verifiable Intent — 意図そのものをトークン化する

Agentic Tokensが「決済手段の制御」だとすれば、Verifiable Intentは「購入理由の検証」です。2026年2月に正式なパイロットが開始された新しい枠組みです。

仕組みはこうです。ユーザーがエージェントに「来週のキャンプ用品を揃えて」と依頼すると、エージェントはこのリクエストを構造化し、Mastercardのインフラ上で署名付きIntent Artifactとして記録します。その後エージェントが実際にカートを組んで決済するとき、各取引にこのIntent Artifactへの参照が添付されます。

カードの発行会社側は、取引が届いたときに「このカートはユーザーの元々の意図(キャンプ用品)と整合しているか」を検証できます。もしエージェントが勝手に高級時計をカートに入れていれば、それは意図と矛盾するためブロックまたは承認要求されます。従来の不正検知が「デバイスや行動パターン」を見ていたのに対し、Verifiable Intentは意味レベルでの整合性を見ます。

これを可能にしているのは、Mastercard、発行会社、エージェント提供者の3者間で共有される共通のIntent表現スキーマです。OpenAIやGoogleのエージェントから発行された意図情報が、どのカード発行会社でも同じ形で検証できるように設計されています。

Visa TAPとのアプローチの違い

VIC/TAPとAgent Payは、表面上どちらも「エージェント決済の信頼を担保する」と謳っています。しかし設計思想の差は大きいです。

観点Visa TAPMastercard Agent Pay
主な検証対象エージェントの正当性ユーザーの意図
主要技術署名鍵、委任トークンAgentic Tokens、Verifiable Intent
強制点取引認可フロー内トークン発行時 + Intent Artifact
AP2との関係Mandateと連携Intent Artifact ≈ AP2 Intent Mandate
2026年4月時点主要PSPで展開中Verifiable Intentがパイロット段階

Visa TAPは「エージェントがどこから来たか、本物か」を中心に設計されています。対してMastercardは「エージェントが何をしようとしているか、ユーザーが本当にそう言ったか」を中心に据えます。どちらが正しいというより、問題空間の切り取り方が違うのです。

実務上、この違いは1つの興味深い帰結を生みます。Visa側では、エージェント提供者が網羅的にVisaに登録されていれば大半の不正は捕まります。Mastercard側では、不正検知は意味レベルで行われるため、新しいエージェント提供者の追加が楽な一方で、Intent Artifactを生成する側の実装が重くなります。長期的には両者の機能が相互に取り込まれて似てくる可能性が高いですが、2026年時点ではまだ明確に別物です。

AP2との関係 — Intent MandateとVerifiable Intent

GoogleのAP2(Agent Payments Protocol)はこのレイヤーで最も「中立な架け橋」の位置にあります。AP2の中核概念であるIntent MandateとCart Mandateは、Mastercard Verifiable IntentのIntent Artifactと事実上ほぼ同じ情報を表現します。

これは偶然ではなく、AP2設計段階でMastercardとの相互運用を織り込んでいた結果です。2026年4月時点で、AP2のMandateをMastercard Verifiable Intentとして発行する実装が複数のPSPで用意されつつあります。エージェント提供者はAP2形式で意図を表現すれば、Mastercard側にも自動で翻訳されます。

Visa TAPもAP2との互換性を明言していますが、VerifiableIntentほど1対1の翻訳は容易ではなく、AP2 Mandate → VISA TAP の変換にはいくつか情報の落としどころがあります。この点では、構造的にMastercardとAP2のほうが「距離が近い」と言えます。

EC事業者にとっての実務インパクト

Mastercard Agent Payを自社で実装すべきかを考えるとき、まず理解すべきはこれは実装というより「受益」の枠組みだということです。Verifiable Intentに対応した取引は、発行会社側の承認率が上がり、チャージバックリスクが下がりますが、そのためにマーチャント側が新しいコードを書く必要は少ないです。恩恵を得るには、対応PSPを選び、エージェント提供者が発行するIntent Artifactを取引に正しく中継するだけでよいのです。

一方、自社でエージェントを提供するマーチャント(大手リテーラーのAIショッピングアシスタントなど)は話が違います。自分のエージェントがIntent Artifactを生成する側になるため、ユーザーのリクエストをどう構造化して署名するか、スコープの粒度はどうするか、といった設計判断を自前で下す必要があります。Mastercardは開発者向けSDKを提供しており、AP2対応ライブラリと組み合わせることで実装負荷は下がっていますが、それでも意思決定の塊は残ります。

短期的に注意すべきなのは、VisaとMastercardの両方に対応しないと取りこぼしが出ることです。どちらか片方では不十分で、カードネットワークが分かれている以上、エージェント経由の取引も分かれます。現時点で両対応している主要PSPはStripe、Adyen、Checkout.comで、小規模プロバイダはまだ片方のみのケースが多いです。

まとめ — 意味を検証する決済インフラへ

Mastercard Agent Payは、決済インフラが「金額と番号」を運ぶだけの時代から、「意味と意図」を運ぶ時代へと変わる最初の兆候です。Verifiable Intentのパイロット段階を抜けて本格展開するのは2027年以降ですが、設計思想は2026年のうちに把握しておく価値があります。

Visa TAPとMastercard Agent Payのどちらを選ぶかという話ではなく、両方に対応するのが前提であり、そこにAP2が上位レイヤーで橋渡しをしています。その全体地図はMCP・A2A・AP2・UCP・ACP完全比較Visa Intelligent Commerce解説に整理してあるので、併せて読んでほしいです。