この記事のポイント
- McKinseyが仏独英3カ国の消費者調査を実施、84%がAIを日常的に利用と回答
- 消費者はAIに「判断の支援」は委ねるが「実行の権限」には慎重な姿勢
- EC事業者は「人間向けUI」から「AIが読めるデータ構造」への転換が急務
McKinseyが欧州消費者のAIコマース行動を初の大規模調査

McKinsey analysis on how agentic commerce is reshaping European retail with AI-driven decision influence already in effect.
www.mckinsey.com2026年3月2日、McKinsey & Companyは欧州におけるエージェンティックコマースの現状を分析した新レポートを公開しました。フランス、ドイツ、イギリスの消費者749名を対象とした調査に基づき、AIがすでに購買の「意思決定プロセス」に深く浸透している実態を明らかにしています。
執筆者はKatharina Schumacher氏、Marcus Keutel氏、Philipp Kluge氏らMcKinseyのQuantumBlackチーム。同社が2025年10月に公開した前回レポート、2026年1月の自動化カーブ論文に続く、欧州市場に特化した第三弾です。
背景と業界動向
エージェンティックコマースの市場は急速に動いています。McKinseyは2030年までにAIエージェントがグローバルで3兆〜5兆ドルの消費者コマースを仲介すると予測しています。欧州はグローバル消費の大きなシェアを占めており、控えめな普及シナリオでも小売・消費セクターへの影響は無視できません。
この調査が出た背景には、エージェンティックコマースを支えるインフラの急速な整備があります。2026年に入り、GoogleのUniversal Commerce Protocol(UCP)、OpenAIのAgentic Commerce Protocol(ACP)、Agent2Agent(A2A)、Agent Payments Protocol(AP2)など、エージェント間通信や決済の標準プロトコルが次々と登場しています。技術基盤の整備が進む一方で、消費者が実際にどこまでAIを受け入れているのかを実データで示した点に、本レポートの価値があります。
欧州では規制面も独自の動きを見せています。EU AI Actは2026年8月から厳格なルールの施行を開始し、PSD3(決済サービス指令第3版)はAIによる委任決済の枠組みを整備中です。AI Act、PSD3、GDPR、消費者権利指令が重なり合う欧州固有の規制環境が、エージェンティックコマースの普及経路を大きく左右することになります。
欧州消費者の84%がAI利用──購買判断にも38%が活用
今回の調査で最も注目すべきは、欧州消費者のAI利用が予想以上に進んでいる点です。回答者の84%がAIツールを日常的に利用していると回答しました。用途別では、一般的な調べ物が57%、文章作成・改善が44%、そして商品・サービスの調査や購買判断が38%を占めています。
購買に関わるAI利用の内訳がさらに興味深い結果を示しています。ブランド・モデル・価格・レビューの比較が63%、カテゴリや商品について学ぶが55%、新商品の発見やインスピレーションが46%と、いずれも購買プロセスの「上流」に集中しています。つまり、消費者がブランドのサイトにたどり着く前に、AIがすでに選択肢を絞り込んでいるのです。
一方で、バスケット構築やチェックアウトといった「実行」に近い領域ではAI利用率が大きく低下します。レポートはこれを「意思決定への影響は実行インフラや消費者の信頼よりも速く拡大している」と分析しています。
カテゴリ別の普及率も示唆的です。アパレル、ヘルスケア、家電、旅行といった情報の複雑性が高い領域でやや高いものの、大半のカテゴリが30〜36%の範囲に集中しています。AIは特定の専門カテゴリだけでなく、汎用的な「判断支援レイヤー」として機能し始めています。唯一の例外がアイウェア(13%)で、フィジカルな試着や対面評価が不可欠な領域では現時点のAIツールの付加価値が限定的です。
消費者の信頼は「判断」に集中、「自律行動」には慎重
調査が明らかにしたもう一つの重要な知見は、信頼の境界線です。消費者はAIによるレビュー要約、トレードオフの提示、選択肢の比較、最適な選択の推奨といった「判断支援」には高い信頼を寄せています。しかし、バスケットの自動構築、チェックアウトの完了、定期的な自動注文といった「行動の委任」になると信頼は急落します。
McKinseyはこの傾向を「消費者はAIの判断力を拒否しているのではなく、制限のない権限移譲を拒んでいる」と解釈しています。信頼が高い条件は「行動が可逆的であること」「責任の所在が明確であること」「明示的な同意があること」の3つです。これは欧州消費者の保守性ではなく、委任の条件を消費者自身が定義しているという積極的な意味を持ちます。
Cross-Border Commerce Europeもこの変化を指摘しており、マーケターは「人間と機械の両方に向けたマーケティング」を設計する必要があると論じています。消費者のAIエージェントが最初の顧客接点になる時代に、従来の広告配置やUI最適化だけでは不十分になりつつあります。
EC事業者への影響と活用法
McKinseyは本レポートで、EC事業者とブランドに対して3つの戦略的行動を提示しています。
第一に、「AIに選ばれる存在」になることです。 発見・比較がAIインターフェースに移行する中、競争優位は消費者に認知されるだけでなく、AIエージェントがアクセスし理解できるかどうかに依存します。構造化された商品メタデータ、一貫した命名とタクソノミー、エビデンスに基づく訴求、レビューや専門家評価などの第三者信頼シグナルが、AIジャーニーに登場するための前提条件になります。McKinseyはこれを「エージェントエンジン最適化(Agent Engine Optimization)」と表現し、SEOに代わる新たな最適化領域として位置づけています。MCP(Model Context Protocol)やUCPといった相互運用標準への対応も急務です。
第二に、「説明可能性」で差別化することです。 エージェンティックコマースの世界では、説得力のあるUXよりも、明確さ・比較可能性・根拠が差別化の源泉になります。「何の商品か」「誰のためか」「どんなトレードオフがあるか」「なぜこの文脈に合うか」を、人間にもAIにも伝わる形で構造化する必要があります。
第三に、「エージェントのウェブ」に参加する設計をすることです。 自社の消費者向けAIエージェントを構築するかどうかは選択的な戦略判断ですが、エージェントのネットワーク(パーソナルエージェント、小売エージェント、ブローカーエージェント間の連携)に参加できる状態を整えることは必須です。ACP、A2A、AP2、UCPといったプロトコルは、エージェント間の発見・交渉を可能にしつつ、小売業者がマーチャント・オブ・レコード(取引主体)としてID、決済認証、ポリシー、配送、購入後サービスを維持する設計になっています。
まとめ
McKinseyの最新レポートは、欧州のエージェンティックコマースが「AIによる判断支援の普及」と「自律的な実行への慎重な移行」という二層構造で進展していることを実データで示しました。消費者の84%がAIを日常利用し、38%が購買判断に活用しているという数字は、エージェンティックコマースがもはや将来の話ではなく現在進行形の変化であることを意味しています。
欧州消費者の「慎重さ」は弱みではなく、信頼構築型のエージェンティックコマースのモデルケースになる可能性があります。可逆性、説明責任、明示的同意を前提とした「条件付き委任」という欧州モデルは、EU AI ActやPSD3の規制枠組みとも整合的です。
EC事業者にとって次に注目すべきは、2026年8月のEU AI Act施行と、UCP・ACPなどプロトコルの実装拡大です。AIエージェントに「見つけてもらえる」データ基盤を今から整備できるかどうかが、今後の競争力を左右することになります。



