この記事のポイント
- Ulta BeautyはGoogle Cloud Next '26で、自社サイトとアプリに搭載するAIアシスタント「Ulta AI」と、Google側サーフェス(AI Mode、Geminiアプリ)でカタログを買えるようにするエージェンティックコマースを同時発表した
- 両機能はGoogleが1月に公開したオープン規格「Universal Commerce Protocol(UCP)」とGemini Enterprise for CXで実装されており、カテゴリ特化リテーラーがAIエージェント時代の発見プラットフォームを内外で押さえにいく最初のモデルケースになる
- 1,500店舗・4,600万人のロイヤリティ会員・600ブランド3万SKUを武器に、Ultaは「AIが買い物を媒介する」構造の中で自社データと体験品質を差別化する戦略を採り、D2Cブランドや日本のカテゴリ特化ECにも実装判断を迫る
Ulta BeautyがGemini経由で美容エージェンティックコマースに踏み込む

Ulta Beauty is integrating Google's Gemini AI into its website and app, and extending its catalog across Google's platforms giving it a competitive edge in retail beauty.
www.forbes.com米国最大の美容専門小売業者Ulta Beautyが、2026年4月22日にGoogle Cloud Next '26の会場で大きな一手を打ちました。同社はGoogleと共同で、Geminiを組み込んだ二つの新機能を発表しています。一つは自社のUlta.comとUlta Beautyアプリに組み込むAIショッピングアシスタント「Ulta AI」、もう一つはGoogleの検索AI Mode(AI Mode in Search)とGeminiアプリの中で、Ultaの商品を直接推奨・比較・決済できるようにするエージェンティックコマースです。
両機能の設計思想は共通しています。「発見」から「購入」までをAIエージェントが1本の会話で橋渡しする体験を、自社チャネルとGoogleチャネルの両方で同時に成立させることです。Google CloudとUltaの公式プレスリリースでは、Ulta側は46百万人超のメンバーシップデータを活用し、Google側はAI Mode・Gemini・Shopping Graphが集約する需要を取りに行く、という役割分担が明記されています。
このニュースが重要なのは、Ultaがカテゴリ特化リテーラーとしては最初期にUCP(Universal Commerce Protocol)を採用し、発見プラットフォームの内と外を同時に押さえにいった事例になる点です。百貨店型の取り組みではなく、「美容」という単一カテゴリのスペシャリストが、AIエージェント時代の購買経路を設計し直しています。
Ulta AIは何をするのか:46百万人のデータを使う会話型アシスタント
まずは自社側から整理します。Ulta AIはGemini Enterprise for Customer Experienceの上に構築された会話型ショッピングアシスタントです。Ulta.comでは既に提供が始まっており、モバイルアプリへの展開も近日中に予定されています。
核になる価値は3つです。第一に、4,600万人を超えるロイヤリティ会員の購買・閲覧データを会話コンテキストに持ち込めること。購入履歴、肌タイプ、好きなブランド、過去のレビューといった情報を前提に応答するため、Geminiアプリに素のまま話しかけるよりも回答の解像度が上がります。第二に、3万点・600ブランドに及ぶ膨大なアソートメントの中を、従来のフィルタUIではなく「敏感肌向けでビタミンC配合、6,000円以下のセラムを探している」といった自然言語で踏み込んでいける点です。第三に、Google Cloudが「shopping agent」と呼ぶように、見比べ・代替提案・カート投入までをエージェントが主体的に実行できることです。
Google Cloud側のAshish Gupta氏(Merchant Shopping担当VP/GM)は、今回の取り組みを「発見の瞬間にそのまま購入まで移行できるようにするもの」と位置づけています。従来のECでは、検索窓→カテゴリ絞り込み→商品一覧→詳細→カート→決済という6段階を踏ませてきました。Ulta AIはこの階段をまるごと1本の対話に畳み込むことを狙っており、アパレルや食品と比べてSKUが細分化され成分選好の説明が難しい美容カテゴリでは、この短縮効果が特に大きく出る可能性があります。
重要なのは、これが単なるチャットボットではなく、Gemini Enterprise CXの「エージェント基盤」として設計されている点です。Google Cloudは2026年1月のNRFで同プラットフォームを正式発表し、Kroger、Lowe's、Papa John's、Woolworthsといった小売大手が既に導入を進めていました。今回Ultaが加わったことで、美容という高感度カテゴリのリファレンス事例が埋まったことになります。
Google側への延伸:UCPでAI ModeとGeminiアプリに商品を流し込む
もう一方の「Google側にカタログを置きに行く」動きは、戦略的にはさらに踏み込んだ判断です。
Ultaのアソートメントは今後1か月かけて、AI Mode in SearchとGeminiアプリ内でshoppableになります。ユーザーはGoogleに「自分の肌トーンに合うファンデーションは?」と話しかけるだけで、Ultaの商品の推薦、比較、対象商品の決済までを会話内で完結できるようになります。これを可能にしているのが、Googleが今年1月に公開したオープン規格Universal Commerce Protocol(UCP)です。
UCPは、小売業者とAIエージェントの間で「意図・商品メタデータ・在庫・価格・カート状態」を共通フォーマットでやり取りするための標準です。Let's Data Scienceの解説が指摘するように、これは「エージェントと小売が機械同士で会話するための共通言語」であり、導入した小売業者はGoogleの検索・ショッピング・Geminiといった複数サーフェスに対して、個別の統合作業をせずに商品を露出できる設計になっています。
UltaのCTO兼CTO兼トランスフォーメーション責任者のMike Maresca氏は「UCPの初期段階から関わってきたのは、顧客の発見行動がAIを介した形に明確にシフトしているからだ」と説明しています。ここで見落としてはならないのは、Ultaが「AIエージェントが買い物を媒介する構造」そのものをコントロールしにいったという点です。
McKinseyは、エージェントが「意図の形成、商品の発見、価値の所在」を再設計する段階に入ったと指摘しています。Bain Consumer Labの調査では、既に米国消費者の30〜45%がChatGPT、Perplexity、Geminiといったエージェントを調査・比較・商品ガイドに使い始めています。この流れを放置すれば、小売業者はエージェントに「ただのAPI」として扱われる立場に転落しかねません。Ultaの選択は、その前に一次サーフェスに食い込んでおく、という攻めの判断です。
同日のBunnings事例との対比:Google Cloudの小売ショーケース戦略
今回の発表を読み解く上で無視できないのが、Google Cloud Next '26全体のトーンです。同イベントでGoogleは、オーストラリアのDIY大手Bunnings、米国最大のホームセンターThe Home Depot、スーパーマーケットのKroger、ピザチェーンのPapa John'sなど、複数のカテゴリ特化リテーラーの導入事例を一斉に並べました。
特にBunningsは「UCPとGemini Enterprise CXによる導入を数週間で完了した」事例として言及されています。Home DepotはMagic ApronエージェントでDIYプロジェクト計画をエンドツーエンドで支援し、Papa John'sはGemini駆動の自然言語注文をモバイル・キオスク・車載システムへ展開しました。Krogerは食品カテゴリで、Estée Lauder傘下のJo Malone Londonは香水の個別推薦エージェントを公開しています。
ここから見えてくるのはGoogle Cloudの狙いです。総合型コマースプレイヤー(Amazon、Walmart)ではなく、カテゴリ特化リテーラーの縦深でAmazonを迂回するネットワークを作りたい。各カテゴリの専門性と在庫・サービスをUCPに乗せれば、Googleの検索・Geminiという発見サーフェスは「百貨店より詳しい専門店が常駐するモール」に近づきます。
Ultaはその美容カテゴリの旗艦役に据えられた形です。Google Cloudの「A new era of agentic commerce」ブログは、「受動的なブラウジングから能動的な実行へ」という表現で、エージェンティックコマース時代の主導権争いをカテゴリごとに押さえていく戦略を示唆しています。
エージェンティックコマース勢力図の中でのUltaの位置
この動きは、過去半年で形成されつつあるエージェンティックコマースの勢力図の中で読む必要があります。現在、主要な陣営は大きく3つに分かれつつあります。
第一の陣営はOpenAI系です。OpenAIはStripeと組んでACP(Agentic Commerce Protocol)を公開し、ChatGPTの中でInstant Checkoutを成立させました。Walmartは4月にOpenAIとの提携を発表し、ChatGPTから直接Walmartで買える経路を作っています。第二の陣営はShopifyを中心としたオープン陣営で、商習慣としての「agentic commerce」の中立基盤を志向しています。第三が、今回の発表で輪郭がはっきりしてきたGoogle・UCP陣営です。
Ultaの選択は、UCPがGoogle検索・Gemini・YouTube・Lens・Shoppingといった複数の発見サーフェスに一度に露出できる独自の強みを持つ、という評価に基づいています。Forbesが指摘するように、Ultaが自社で定義する「ビューティーエンスージアスト」は全米に約1億4,000万人存在します。そのうちUltaのロイヤリティ会員は4,600万人で、売上の約95%を生んでいますが、残り約1億人には自社で直接リーチする手段がありません。Googleのサーフェスは、まさにその潜在層に「発見の入口」で接続する手段になります。
ライバルのSephoraはLVMH傘下で、Kohl'sとの店舗内ショップインショップ1,100拠点を持つ一方、Kohl's自体が2023年の166億ドルから2025年に148億ドルへ売上を落としており、デジタル先端の動きではUltaに先を越された格好です。Ultaは2025年度売上が124億ドル、前年比10%増と好調で、AIへの投資余力と実行力の両面で優位に立っています。
EC事業者・ブランドへの示唆:カテゴリ特化エージェントをどう設計するか
ここからが日本のEC事業者・ブランドマーケター・小売DX担当にとって本質的な問いです。Ultaの動きは、「カテゴリ特化リテーラーがエージェンティックコマースにどう対応すべきか」の実装可能な設計図を初めて提示したと言えます。
| 論点 | Ultaの打ち手 | 自社への問い |
|---|---|---|
| 発見チャネル | AI Mode・Geminiアプリにカタログ露出 | 生成AIサーフェスに自社商品を載せるか、載せる場合どのプロトコルか |
| 自社データ活用 | 4,600万人のロイヤリティデータをGemini Enterpriseに接続 | 顧客データを会話AIに渡せる基盤があるか、プライバシー設計は妥当か |
| 商品データ品質 | 3万SKUをUCP規格でエージェント可読化 | 構造化データ・リアルタイム在庫・価格整合性がエージェント水準を満たすか |
| 接続プロトコル | Universal Commerce Protocol(UCP)を早期採用 | UCP・ACP・MCPのどれに、どの順序で対応するかのロードマップ |
| 体験設計 | 会話1本で推薦・比較・決済まで完結 | 検索フィルタ中心のUIをどこまで会話型に再設計するか |
実装上の論点は3つに集約されます。まず自社データ×会話UIの統合。ロイヤリティプログラムや購買履歴を会話コンテキストに渡せる設計にしないと、素のLLMや汎用ショッピングエージェントと差別化できません。次に外部AIサーフェスへの露出判断。UCP、ACP、MCPといった複数プロトコルが併存する中、どれに乗るか/乗らないかは「自社の発見依存度」で決まります。LTVとリピートで食える事業ならGoogle/OpenAI側に踏み込む必然性は薄く、新規獲得のためにサーフェスを増やしたい事業ほど早期参加の価値が高まります。3つ目はカタログ品質とリアルタイム在庫。エージェントが決済まで踏み込む世界では、構造化された商品データ、価格整合性、在庫API、返品フローが従来よりはるかに厳しい水準で要求されます。
美容・化粧品・ヘルスケア・DIY・食品といったカテゴリでは、専門性の高さがそのまま競争優位になり得ます。逆に汎用的な商材のD2Cブランドは、UltaのようなハブにUCP経由で乗ることで露出を取りに行く方が合理的な局面も増えるはずです。日本市場ではまだAmazon・楽天・Yahoo!といった総合モールが発見の中心ですが、生成AI経由の発見比率が10%を超えた瞬間から構図は一気に動きます。
まとめ
Ulta BeautyのGemini提携は、派手な新機能の発表というより、カテゴリ特化リテーラーがAIエージェント時代の流通地図を自ら描きにいった最初の本格例です。自社内の「Ulta AI」でロイヤル顧客の体験を深め、Google側のAI Mode・Geminiアプリで新規発見の入口を押さえる。その両輪をUCPという共通規格で束ねた設計は、他のカテゴリリーダーも遠からず追随することになるはずです。
次に注目すべきは、Sephora/LVMH側のカウンターパンチ、そして日本のカテゴリ特化ECがいつ同等の意思決定を下すかです。発見の場がEC自社サイトから会話型AIに移る転換は既に始まっており、どのプロトコルに、どの深度で乗るのかが、今後1〜2年の売上の天井を決めていきます。




