この記事のポイント
- アント・グループのAlipayが、AIエージェント向け決済基盤「AI Wallet」と「Token Pay」を発表し、フルスタックのエージェンティック決済インフラを打ち出した
- 中国最大級の決済ネットワークがエージェント決済に本格参入したことで、Visa・Mastercard・Stripeが主導してきた競争に新たな軸が加わった
- EC事業者は、決済の主導権がカードネットワークからウォレット・決済プラットフォームへ広がる流れを見据え、エージェント取引の承認設計と多様な決済手段への対応を検討すべき
Alipayが「AI Wallet」「Token Pay」でエージェント決済に本格参入

Alipay added AI Wallet and Token Pay for agent shopping, as payment teams face new trust, fraud, and authorization questions.
www.techrepublic.com2026年5月、アリババ系のアント・グループは、Alipay(支付宝)の次世代AI決済インフラとして「AI Wallet」と「Token Pay」の2つを発表しました。買い物・サービス予約・決済を消費者に代わって実行するAIエージェント(ショッピングエージェント)を前提に設計された決済基盤であり、アント・グループはこれを開発者・小売事業者・消費者の三者をつなぐ「フルスタック」のAI決済ソリューションと位置づけています。
これまでエージェンティックコマースの決済インフラは、Visa・Mastercard・Stripeといった欧米勢が主導してきました。そこへ、月間アクティブユーザー10億人規模を抱える中国最大級の決済ネットワークが本格参入したことになります。エージェント決済の標準化をめぐる競争は、いよいよグローバルな様相を帯びてきました。
AI WalletとToken Payが担う2つの役割
今回の発表で最も重要なのは、Alipayが決済の課題を「ユーザーの許可」と「価値の移転」という2つのレイヤーに分けて設計した点です。アント・グループCEOのCyril Han(韓歆毅)氏は、システムの設計思想を「エージェントが決済を実行し、トークンが価値を運ぶ(Agents execute payments, while tokens carry value)」という言葉で表現しています。
AI Walletは、消費者向けのコントロールレイヤーです。Alipayアプリ内に組み込まれ、ユーザーはAIエージェントが実行するタスクを取引の前・最中・後にわたって監視・管理・承認できます。たとえばエージェントがどの店舗で、いくらまで、何を購入してよいかといった権限を設定し、決済後には支出を振り返って分析することも可能です。エージェントが暴走したり想定外の購買をしたりしないよう、人間が手綱を握り続けるための仕組みといえます。
Token Payは、AIモデルプロバイダー向けのB2B決済プロダクトです。サブスクリプション課金、エージェント内でのトークンのチャージ(top-up)、そして複雑なマイクロトランザクションを処理することを想定しています。エージェントプラットフォーム、モデルプロバイダー、加盟店の間で発生する決済フローを裏側で支える役割を担います。Alipayのアラート、AI決済事業ゼネラルマネージャーのLin Zhu氏は「決済はもはや単なる『最後のステップ』ではなく、最初から組み込まれる機能になりつつある」と述べています。
アント・グループが示した具体例は分かりやすいものです。スマートグラスで動作するAIエージェントが、ユーザーがカフェに入店する前にコーヒーを注文・カスタマイズ・決済しておく、というシナリオです。ユーザーはレジでの手間を省ける一方、決済システムの側では「誰がこの取引を承認したのか」「エージェントに何が許可されていたのか」「ユーザーはいつ介入できるのか」を正確に把握する必要があります。AI Walletはまさにこの承認の問題を、Token Payは裏側の価値移転の問題を分担して解決する設計になっています。
100万ユーザーを超える実績と信頼の枠組み
Alipayがエージェント決済に踏み込む背景には、すでに積み上げた実績があります。アント・グループは2026年2月、Alipay AI PayがAI決済プロダクトとして世界で初めて1億ユーザーを突破し、2月5日から11日の1週間で1億2,000万件以上の取引を処理したと発表しました。累計取引件数は3億件に達しており、商用規模で稼働するAIネイティブ決済インフラとしては世界初とされています。さらに4月には、OpenClaw型のAIエージェントが決済できるAI Payサービスを投入し、本人確認、取引ごとのユーザー承認、24時間365日のリスク管理、口座保護といった機能を実装しています。Luckin Coffee(瑞幸珈琲)のような従来型小売のアプリ内エージェントから、Rokidのスマートグラスまで、利用シーンは着実に広がっています。
今回の発表に合わせて、Alipayは中国初とされる「Agentic Commerce Trust Protocol(エージェンティックコマース信頼プロトコル)」をパートナーとともに立ち上げました。これはAIプラットフォームとサービスプラットフォームが協調するための「共通言語」を作る試みです。あわせてAI決済向けのインテリジェント・セキュリティシステムも導入し、エージェント主導のすべての取引に基盤的な安全性を提供するとしています。
Visa・Mastercard・Stripeとの競争構図
Alipayの参入は、エージェント決済の標準化をめぐる競争に新たな勢力を加えるものです。ここで欧米の主要プレイヤーの動きを整理しておきます。
Visaは2025年5月に「Visa Intelligent Commerce」を発表し、正規のAIエージェントと悪意あるボットを識別するTrusted Agent Protocolを構築しました。エージェントに暗号学的な認証情報を発行し、加盟店がVisaの検証エンドポイントを通じてエージェントの身元とユーザー承認の範囲を確認する仕組みです。Mastercardは「Agent Pay」で、特定のエージェントIDに紐づく「Agentic Tokens」と、ユーザーの承認範囲を暗号署名で記録する「Verifiable Intent」という2つのプリミティブを導入しました。Stripeは2026年に「Agentic Commerce Suite」を投入し、加盟店・有効期限・上限金額でスコープを絞った短命の認証情報「Shared Payment Tokens」を提供しています。
これら欧米勢がカードネットワークや決済処理のレイヤーで標準を競っているのに対し、Alipayが持つ強みはウォレットそのものを起点とする点にあります。10億人規模のユーザー基盤と、コードレス決済が日常に浸透した中国市場という実装環境を背景に、消費者向けのAI Walletから加盟店・モデルプロバイダー向けのToken Payまでを垂直統合できるのが特徴です。
注目すべきは、これらの枠組みが必ずしも排他的ではない点です。2026年4月時点で、Mastercard・Visa・Stripe・Adyen・PayPal・Coinbaseを含む60社以上が、ベンダー中立の権限フォーマットであるAgent Payments Protocol(AP2)に足並みをそろえていると報じられています。2026年の本番のエージェント決済フローの多くは、複数の枠組みをまたいで動くと見られています。Alipayが今回打ち出したTrust Protocolが、こうした相互運用の流れにどう接続していくかが今後の焦点になります。
決済チームに求められる新しいチェック項目
エージェント決済の拡大は、決済を扱うすべての事業者に新たな課題を突きつけます。アクセンチュアの試算では、2030年までにオンラインコマースの30%以上がAIエージェント経由となり、その規模は約3.1兆ドルに達する可能性があるとされています。一方で同社の調査によると、現時点でエージェントに決済の選択を任せてよいと考える消費者はわずか12%にとどまっています。
不正対策の現場も緊張を強いられています。アクセンチュアの調査では、金融決済のリーダーの78%が「エージェント決済によって不正が大幅に増加する」と予想し、87%が「信頼こそが導入の最大の障壁」と回答しています。さらに60%が、エージェント主導の不正に対応するための専門的な対応計画やフォレンジックツールを持っていないと答えています。
こうした状況は、決済インフラのチェック項目を根本から変えます。エージェント決済には、本人確認、明確な支出権限の設定、リアルタイムの異常検知、監査証跡、そしてソフトウェアがユーザーに代わって取った行動を前提とした紛争処理プロセスが必要になります。AIエージェントは素早く行動できる反面、素早く間違いも犯します。決済チームは、エージェントの行動を通常の人間のチェックアウトと同じように扱うことはできません。
EC事業者への示唆
Alipayの今回の発表は、EC事業者にとっても重要な意味を持ちます。
決済の主導権が広がる流れを把握する。これまでエージェント決済の議論はカードネットワーク中心でしたが、Alipayの参入は、ウォレットや決済プラットフォームもまた標準を握りうることを示しました。とくにアジア市場で事業を展開する、あるいは展開を検討するEC事業者は、地域ごとに異なる決済エコシステムへの対応を視野に入れる必要があります。
承認設計を今のうちに見直す。AIエージェントに広い支出権限が与えられる前に、どの取引に人間の承認を必須とするか、エージェントの活動をどう記録するか、自動購入が紛争になった際の責任は誰にあるかを決めておくべきです。AI Walletが消費者向けに提供する「取引前・最中・後の承認」という考え方は、加盟店側の権限設計を考えるうえでも参考になります。
複数の枠組みへの対応を前提とする。Visa・Mastercard・Stripe・Alipayがそれぞれ独自のトークン形式を持つ以上、本番のエージェント決済フローは複数の枠組みをまたぐことになります。モジュール型のソリューションを活用し、特定の枠組みに過度に依存しない柔軟な構成を意識することが、長期的なリスク低減につながります。
まとめ
AlipayのAI WalletとToken Payの発表は、エージェンティックコマースの決済インフラが欧米勢だけのものではなくなったことを明確に示しました。「エージェントが決済を実行し、トークンが価値を運ぶ」という設計思想のもと、消費者の承認と裏側の価値移転を分けて捉えるアプローチは、エージェント決済の本質を突いています。
次に注目すべきは、AlipayのAgentic Commerce Trust ProtocolがAP2のような相互運用の枠組みとどう接続するか、そして10億人規模のユーザー基盤を持つウォレット起点のモデルが、カードネットワーク起点の欧米モデルに対してどこまで影響力を持つかという点です。EC事業者にとっては、決済の主導権が多極化する時代に向けて、承認設計と多様な決済手段への対応を早めに進めることが求められます。





