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2026年3月6日

VisaとMastercard、エージェンティックコマースの「標準化」で覇権争いが本格化

目次
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この記事のポイント

  1. Visa・Mastercard・Stripeが相次いでエージェンティック決済の標準規格を発表
  2. Mastercardが暗号証明ベースの「Verifiable Intent」をオープンソースで公開、Googleと共同開発
  3. EC事業者は標準規格の乱立に備え、複数プロトコルへの対応準備が必要

Visa・Mastercard・Stripeが同週に競合発表

2026年3月3日から5日にかけて、エージェンティックコマースの標準化をめぐる動きが一気に加速しました。Payments Diveの報道によると、Visa、Mastercard、Stripeの3社がわずか数日の間に競合する標準規格や技術をそれぞれ発表しています。

3月3日にはStripeが「Shared Payment Token(SPT)」技術の拡張を発表し、Mastercard Agent PayとVisa Intelligent Commerceの両方に対応するエージェンティック決済基盤の展開を開始しました。同日、VisaのJack Forestell氏(最高製品・戦略責任者)はMorgan Stanley主催のカンファレンスで、決済標準の策定に注力していると発言しています。そして3月5日には、MastercardがGoogleと共同開発した「Verifiable Intent」のオープンソース公開を発表しました。

業界動向

エージェンティックコマースの市場規模は急速に拡大しています。McKinseyの調査レポートによると、AIエージェントが仲介する消費者取引は2030年までに世界全体で3兆〜5兆ドル規模に達すると予測されています。

この巨大市場を前に、決済ネットワーク各社は2024年後半から標準化に向けた動きを活発化させてきました。2024年9月にGoogleが「Agent Payments Protocol(AP2)」を発表し、Mastercardが「Agent Pay」プログラムで協業を開始。同年10月にはVisaが「Trusted Agent Protocol」を発表しました。2025年1月にはGoogleが加盟店向けの「Universal Commerce Protocol(UCP)」を公開し、VisaとMastercardの両社が参画しています。

つまり、各社が協力と競争を同時に進める「コーペティション(協争)」の構図が鮮明になっているのです。FreedomPayのChristopher Kronenthal社長は、過去にデジタルウォレットの標準化が遅れたことで普及が停滞した教訓を指摘し、早期の標準統一が不可欠だと述べています。

Mastercardの「Verifiable Intent」とは何か

今回の動きで最も注目すべきは、Mastercardが発表した「Verifiable Intent」です。これはAIエージェントが消費者に代わって購買を行う際の「信頼の証明レイヤー」として設計されたオープンスタンダードです。

Verifiable Intentの核心は、3つの要素を暗号技術で1つの改ざん不可能な記録にまとめる点にあります。具体的には「カード保有者の本人確認」「消費者が出した具体的な指示内容」「エージェントと加盟店間のやり取り結果」の3つです。取引に紛争が生じた場合、すべての関係者がこの記録を参照して事実に基づく解決が可能になります。

プライバシー保護の仕組みも組み込まれています。「Selective Disclosure」と呼ばれる技術により、取引の検証や紛争解決に必要な最小限の情報のみが各当事者に共有されます。技術基盤にはFIDO Alliance、EMVCo、IETF、W3Cの標準仕様が採用されています。

Mastercardの最高デジタル責任者Pablo Fourez氏は、この取り組みの意義を端的に表現しています。エージェントの自律性が高まるほど、信頼は暗黙的であってはならず、証明可能でなければならないという考え方です。

GitHubでの仕様公開開発者サイトの開設も同時に行われ、Google、Fiserv、IBM、Checkout.com、Basis Theory、Adyen、Getnetなどがパートナーとして参画しています。GoogleのStavan Parikh氏(決済部門VP兼GM)は、Verifiable IntentがAgent Payments Protocolと互換性を持つ相互運用可能な信頼インフラであると評価しています。

Visa陣営の対抗戦略

一方のVisaは、「Visa Intelligent Commerce」という包括的なフレームワークで対抗しています。100社以上のパートナーがグローバルに参加し、30社以上がサンドボックス環境でツールを構築中です。20を超えるAIエージェントやプラットフォームがVisa Intelligent Commerceと直接統合を進めています。

Stripeのブログによると、StripeのSPT技術はVisa・Mastercardの両方のエージェンティックネットワークトークンに加え、AffirmやKlarnaのBNPL(後払い)トークンにも対応します。StripeがEtsy、URBNグループ(Anthropologie、Free People、Urban Outfitters)などの大手加盟店で既にSPTの展開を進めており、両陣営を橋渡しする「中間層」として機能している点は注目に値します。

Visaの戦略がエコシステム全体の拡大とパートナー数を重視するのに対し、Mastercardはオープンソース化と暗号証明という技術的な差別化で攻めています。

EC事業者への影響と活用法

現時点でEC事業者が取るべきアクションは以下の通りです。

短期(2026年前半): Stripeを利用している事業者は、SPT対応を通じてVisa・Mastercard両方のエージェンティック決済に自動対応できます。追加の実装作業は最小限で済むため、まずはStripe経由での対応が現実的な選択肢です。

中期(2026年後半〜): Mastercardの Verifiable Intent APIがAgent Payに統合される予定です。紛争処理の効率化やチャージバック削減に直結する技術であるため、決済プロバイダー経由での対応状況を確認しておくことが重要です。FiservのSanjay Saraf氏は、この仕組みが加盟店の不正防止と紛争対応の強化に直結すると述べています。

注意点: 標準規格の乱立は、過去のデジタルウォレット普及時にも見られた課題です。特定の規格に過度に依存せず、複数のプロトコルに柔軟に対応できるアーキテクチャを意識することが推奨されます。Google UCP、Visa Trusted Agent Protocol、Mastercard Verifiable Intentは競合ではなく補完関係にある部分も多いため、決済プロバイダーの対応状況を通じた間接的な対応が最も効率的です。

まとめ

エージェンティックコマースの標準化は、単なる技術仕様の争いではなく、AIが自律的に決済を行う時代の「信頼のインフラ」をどう構築するかという根本的な問いに関わるものです。Mastercardがオープンソースで「証明可能な意思」の仕組みを提示し、Visaがエコシステムの規模で対抗し、Stripeが両者を統合する橋渡し役を担うという構図が見えてきました。

今後の注目ポイントは、Verifiable Intentの仕様がGitHub上でどれだけのコミュニティ支持を得られるか、そしてVisa陣営が同等の暗号証明レイヤーを独自に構築するのか、あるいはMastercardの仕様に合流するのかという点です。2026年後半に予定されるVisa Intelligent Commerceの本格展開とMastercard Agent Payへの統合により、エージェンティック決済は実用段階に入ります。EC事業者にとっては、決済プロバイダーの動向を注視しつつ、AIエージェント対応の準備を始める時期が来ています。