ACPとUCPは両方実装するしかない、Best Buy技術責任者が語る650億ドル市場の配管事情
Best Buyのシニアエンジニアリングマネージャーが公開したエージェンティックコマースの実装知見を解説します。ACPとUCPの二重対応、商品フィードの事前送信、AP2による決済委任、評価設計まで、EC事業者が着手すべき順序を整理します。
この記事のポイント
- Best Buyのシニアエンジニアリングマネージャーが、MCP・A2A・ACP・UCP・AP2の5層スタックと、ACPとUCPを両方実装せざるを得ない現実を技術ブリーフィングで公開した
- ChatGPTもGeminiもライブのカタログ検索を呼ばず、商品フィードの事前送信を前提とするため、事業者はACP・UCP・Metaで別々のパイプラインを維持することになる
- 決済は依然として人間が承認する設計で、AP2はその委任を暗号署名で扱う層として整備が進んでいる
エージェンティックコマースの話題は、市場規模の予測とプラットフォームの発表に偏りがちです。実際に自社カタログをAIアシスタントへ載せる側が、どのファイルを、どの形式で、どこへ送るのか。その手触りが語られる機会は多くありません。今回取り上げるのは、その手触りの部分だけを集めた技術ブリーフィングです。
45%がすでに買い物、それでも配管は未整備

エージェンティックコマース、つまりAIアシスタントが人に代わって行う買い物は、理論上の未来ではありません。すでに70億ドル規模の市場です。
finance.biggo.com米家電量販大手Best Buyでエージェンティックコマースのチームを率いるAhnaf Prio氏が、AI Engineerのポッドキャストで実装の全体像を解説しました。氏が引用した業界推計では、この市場は現在の70億ドルから2030年に650億ドルへ拡大します。さらに氏は、ChatGPTとGoogle Geminiにおけるエージェントセッションの約45%がすでに買い物に関連していると述べています。
数字の派手さに対して、氏の説明の大半は地味な話に費やされます。頭字語が増えすぎている状況について、氏は「ある日はMCPの話、次の日はA2A、ACP、UCP、AP2。何が本物なのか」と率直に語りました。この違和感は、実装を担当する立場なら誰もが共有するものです。
Best Buy自身の姿勢も明確です。同社CEOのCorie Barry氏はRetailDiveの報道で、bestbuy.comをエージェントに親和的な形へ作り替えていると説明しています。同社はChatGPT向けに商品カタログを提供し、GoogleのUCPにも対応しています。つまりPrio氏の説明は、一般論ではなく二重対応を実際に動かしている現場からの報告です。
5層に整理されたプロトコルスタック
Prio氏の整理は、乱立して見える仕様を役割で切り分けます。
| レイヤー | 役割 | 推進主体 | 成熟度(2026年8月時点) |
|---|---|---|---|
| MCP | ツールの発見と呼び出し | 業界横断 | 広く採用済み |
| A2A | エージェント同士の通信 | Google発の公開仕様 | 広く使われている |
| ACP | 商品データ、カート、チェックアウト | OpenAI と Stripe | 稼働中だがスキーマは独自 |
| UCP | 商品データ、カート、チェックアウト | 稼働中だがスキーマは独自 | |
| AP2 | 決済の委任と認可 | Google と60社超の連合 | 形成途上 |
土台にあるのがMCP(Model Context Protocol)です。AIエージェントが事業者側の機能を発見し、呼び出すための規約で、これがなければエージェントは商品データを自分の文脈に取り込めません。その上にA2Aが乗り、顧客側エージェントと事業者側エージェントの会話を担います。Prio氏はこの組み合わせをエージェンティックコマースの自然な形と位置づけています。
分岐が始まるのは、その上のコマース層です。OpenAIとStripeが維持するACPと、GoogleのUCPが、商品データ、カート、チェックアウトの状態遷移といった同じ操作領域を、それぞれ別のスキーマで定義しています。ChatGPTとGeminiの両方で売るなら、両方を実装するほかありません。操作は同じでもスキーマが違う、という点をPrio氏はデモで並べて示しています。
UCP側の設計を一次情報で確認すると、事業者は/.well-known/ucpにJSONマニフェストを公開して自社の対応機能を宣言し、決済手段と決済ハンドラを分離した層を持ち、通信の入口としてREST APIとA2AとMCPのいずれかを選べる構造になっています。ACPはApache 2.0で公開され、OpenAIとStripeがそれぞれ参照実装を提供します。どちらも設計思想としては開かれていますが、開かれていることと互換であることは別の話です。
最も新しい層がAP2です。Googleが60社を超えるパートナーとともに公開した仕様で、Intent Mandate(意図の委任)、Cart Mandate(カートの承認)、Payment Mandate(決済手段の紐付け)という3種類の署名済みマンデートを連鎖させます。Intent Mandateには予算上限や時期といった条件を書き込めるため、人間が場にいない状態での購入を扱う土台になります。
ライブ検索は使えない、商品フィードを事前に押し込む
実装に着手した事業者が最初に驚くのが、この部分です。ChatGPTもGeminiも、事業者のカタログをその場で検索しに行く呼び出しには対応していません。事業者は商品フィードを事前に送り、プラットフォーム側がそれを索引化して応答に使います。
理由は二つ、とPrio氏は説明します。ひとつはスポンサー商品とリテールメディアの存在で、ランキングの制御権をプラットフォーム側に置く必要があることです。もうひとつは技術的な負荷で、数百万点の商品について毎回リアルタイムで問い合わせを返す構成は現実的ではないことです。
問題はフィードの形式が標準化されていない点にあります。「みんな自分の意見を持っていて、それが最善だと思って進めている」というのが氏の見立てです。結果として、ACP用、UCP用、Meta用に別々のパイプラインを維持することになります。氏のデモには、自社の商品データを各形式へ変換するカタログ同期処理が含まれており、同じ在庫を三つの面に流せるようになっています。
この構造は、EC事業者にとって二つの帰結を生みます。第一に、商品データの整備がそのまま露出量を左右します。Best Buyが商品名の表記統一と価格の正確性を重視しているのは、AIが正しく解釈できる状態を作るためです。第二に、フィードの更新頻度が売り逃しの上限を決めます。在庫や価格の反映が遅れれば、その差分はそのまま欠品と価格不一致になります。
決済だけは人間の手を離れない
自律的なエージェントという言葉から想像される姿と、実際の決済フローには距離があります。Prio氏の表現は端的です。「まだそこには到達していない。まだ十分な確信がない」。
現状、ChatGPTもGeminiも完全に自律的な決済開始には対応していません。ChatGPTは共有決済トークンを経由し、Geminiの決済はGoogle Pay経由に限られます。事業者は決済プロセッサーと接続し、責任はプロセッサー側が引き受け、人間はループの中に残ります。商品推薦を外した場合の損失と、決済を誤った場合の損失は桁が違うため、この慎重さは設計上の判断です。
橋渡しになるのがAP2です。氏のデモで発行されるトークンは、上限金額、通貨、単回利用であること、そして失効URLを持ちます。ユーザーはいつでも権限を取り消せます。氏が思い描くのは、この原始的な部品の上に立つ「値引き交渉するエージェント」で、値切りが日常であるバングラデシュ出身という自身の背景に触れながら説明しています。
なおデモ自体は、飼い猫のGinnyが営むベーカリーという設定で組まれています。顧客エージェントがA2Aで事業者エージェントに話しかけ、事業者エージェントはMCPで機能を公開し、チェックアウトはUCPが定める「決済準備前」「決済準備完了」「完了」の状態を進みます。ユーザーが値引きコードをでっち上げるよう頼むと、エージェントは正しく拒否します。推論はCerebras上で毎秒3,000トークンで動き、会話のテンポを損なわない速度が出ています。
evalのないエージェントはモグラ叩きになる
ブリーフィングで最も熱がこもるのが評価の話です。「Best Buyでエージェンティックコマースを作ってきた経験からいえば、evalなしでAIと会話体験を扱うのはモグラ叩きだ」と氏は述べています。
失敗の形は具体的です。Chipotleがエージェントを公開した際、利用者はそれにプログラミングの質問を投げれば、有料のクラウド契約なしでAIを使えることに気づきました。コマースの文脈では、出すべきでない割引コードを口にする、同じ商品を見ている他の顧客の情報を漏らすといった、より重い事故につながります。
| 評価の種類 | 何を確かめるか | 落ちたときに起きること |
|---|---|---|
| 振る舞い評価 | 想定シナリオでエージェントが何を答えるか | 割引コードの漏洩、用途外利用 |
| プロトコル適合評価 | フィードがACPやUCPの仕様に沿っているか | プラットフォーム側で取り込みを拒否される |
| レイテンシ計測 | 応答が購買体験に耐える速度か | 待たされた分だけ他店に流れる |
| LLM-as-judge | ユースケース単位の回答品質 | 品質劣化に気づけない |
Prio氏が推す4種類の評価は、いずれも特別な仕組みを必要としません。LLM-as-judgeについても「凝る必要はない。プロダクトチームと話してユースケースを書き出せばいい」と述べています。プロトコル適合の評価だけは性質が異なり、仕様から外れたフィードはプラットフォーム側で弾かれるため、公開の前提条件になります。
熱狂と実績の落差
ここまでは推進側の視点です。市場の実績側を見ると、絵は変わります。
Forresterのプリンシパルアナリスト、Lily Varon氏は2026年4月の分析で、米国消費者のエージェンティックコマース利用は低水準のまま横ばいだと指摘しています。同氏は以前、この領域を「列車は駅を出たが、線路がガタガタだ」と評しました。
象徴的なのがOpenAIのInstant Checkoutです。2025年9月に開始されたこの機能は、2026年3月に縮小が報じられました。Walmartは約20万点をこの経路で提供していましたが、チャット内で完結した購入のコンバージョン率は、自社サイトへ遷移させた場合の3分の1にとどまりました。OpenAIは以後、リテーラー自身のチェックアウトを使えるようにし、自社は商品発見の改善へ軸足を移しています。
つまり、Prio氏が説明する配管は確かに敷かれつつありますが、その上を流れる取引量はまだ小さいということです。プロトコルの整備と消費者の行動変容は、同じ速度では進んでいません。一方でGoogleは2026年3月にUCPへエージェント専用カートと商品カタログへのアクセス、ロイヤルティ連携のためのID連携を追加し、StripeとSalesforceの実装表明も出ています。基盤側の投資は続いています。
EC事業者が今日から着手できる順序
判断材料として整理すると、優先順位は明確です。まず商品データの正規化です。フィード形式が三つに分かれていても、元となるマスターが崩れていれば三つとも崩れます。次にフィード生成の自動化で、ACPとUCPの両方へ同じ在庫を流す変換処理を持つことです。
決済の統合は、その後で構いません。人間の承認が残る以上、既存の決済プロセッサーが対応を進めるのを待つ選択に合理性があります。Forresterの整理でも、AdyenやPayPal、Stripe、Worldpayといった事業者は複数プロトコルの「コネクター」になる戦略を取っています。
そしてPrio氏が示すもうひとつの道筋が、自社サイト上での独自実装です。ACPやUCPの部品は標準化され、設計も練られているため、外部プラットフォーム向けの実装をそのまま自社の接客エージェントに転用できます。プラットフォーム依存を薄めたい事業者にとって、この再利用は現実的な出口になります。
まとめ
Prio氏の結論は抑制的です。MCPとA2Aは広く採用済み、UCPとACPは使われている、AP2は形成途上。IDと同意の標準は未解決で、複数エージェントをまたぐチェックアウトの委譲も未解決。業界が単一標準へ収束するのか、並行実装を維持し続けるのかは、まだ開いた問いです。
Best Buyの実装規模、対応商品点数、二重実装にかかった開発コストは、いずれも未開示です。それでも、フィード形式の乱立と評価設計という二つの論点は、市場規模の予測より先に手を動かす価値があります。次に注目すべきは、UCPとACPのスキーマ差を吸収する中間層が、決済プロセッサー側から出てくるかどうかです。


