この記事のポイント
- シンガポールDBS銀行がAPAC初のVisa Intelligent Commerce(VIC)パイロットでAIエージェント決済を実証
- Mastercardのインド実証に続きVisaも実取引を完了、二大カードブランドの競争が本格化
- EC事業者はトークン化・AIエージェント認証への対応準備を段階的に進めるべき時期に
DBS銀行とVisaがエージェンティックコマースの共同パイロットを発表

Singapore's DBS Bank has become the first issuer in the Asia Pacific region to pilot Visa Intelligent Commerce for everyday payments.
www.fintechfutures.com2026年2月16日、東南アジア最大の銀行であるシンガポールDBS銀行とVisaは、Visa Intelligent Commerce(VIC)を活用したエージェンティックコマースの共同パイロットの進捗を公式プレスリリースで発表しました。DBS銀行はアジア太平洋地域で初めてVICのパイロットに参加したカード発行会社(イシュアー)となります。
両社はすでにDBS/POSB発行のクレジットカード・デビットカードを使い、飲食店での実取引を完了しています。AIエージェントが消費者に代わって商品の選択から決済まで一貫して実行する「エージェント主導型決済」の実用性が実証された形です。今後はオンラインショッピングや旅行予約など、対象取引の範囲を拡大する計画です。
背景と業界動向
エージェンティックコマースとは、AIエージェントがユーザーの指示に基づいて商品検索、比較、購入、決済を自律的に行う新しい商取引の形態です。2025年後半から決済業界で急速に注目を集めており、二大カードブランドであるVisaとMastercardがそれぞれ独自のプラットフォームで主導権を争っています。
Visaは2025年10月にVisa Intelligent Commerce構想を発表し、同年11月のシンガポール・フィンテック・フェスティバルでアジア太平洋地域への展開を正式に表明しました。世界で100社以上のパートナーと連携し、30社以上がVICサンドボックスでの開発を進めています。Visaは2026年のホリデーシーズンまでに数百万人がAIエージェント決済を利用すると予測しています。
一方、Mastercardは2026年2月17日にニューデリーのIndia AI Impact Summitで、世界初となる完全認証済みエージェンティックコマース取引を実行しました。Axis BankとRBL Bankのカードを使い、Swiggy、Zepto、Vodafone Idaなど複数の加盟店でMastercard Agent Payによる実取引を完了しています。DBS・Visaの発表とわずか1日違いというタイミングは、両陣営の競争の激しさを如実に示しています。
Visa Intelligent Commerceの技術的仕組み
VICは、Visaのセキュアなインフラ上でAIエージェントによる安全・透明・同意に基づく決済を実現する統合APIスイートです。中核となる技術要素は3つあります。
第一に、「AI-readyクレデンシャル」です。 カード情報をトークン化し、AIエージェントが安全に利用できる認証情報に変換します。実際のカード番号が外部に露出することはありません。DBS銀行のAnanya Sen氏(リージョナル・コンシューマー・プロダクツ部門責任者)は「エージェント主導の決済が安全かつ大規模に展開できることを実証した」と述べています。
第二に、「Trusted Agent Protocol(TAP)」です。 Visaが開発したオープンなフレームワークで、加盟店がAIエージェントの正当性を暗号学的に検証する仕組みです。エージェント固有の暗号署名を使い、正規のAIエージェントと悪意あるボットを区別します。Visa アジア太平洋プロダクト&ソリューション責任者のT.R. Ramachandran氏は、「TAPはエージェンティックコマースを安全・セキュアでスケーラブルなものにする基盤」と強調しています。
第三に、「インテント駆動型トランザクションコントロール」です。 イシュアーが管理する権限設定により、AIエージェントが実行できる取引の種類や金額を制御します。消費者の意図(インテント)に基づいた取引制御が組み込まれており、意図しない購入を防止します。
Visaの発表によると、小売サイトへのAI駆動トラフィックは過去1年間で4,700%以上急増しています。正規エージェントと不正ボットの識別が喫緊の課題となる中、TAPの実装は加盟店にとって不可欠な防御手段となります。
EC事業者への影響と活用法
今回のパイロットがEC事業者に示唆するポイントは明確です。
シンガポール市場の準備は整っています。 Visaの委託調査によると、シンガポール居住者の77%がすでにチャットボットなどの生成AIツールを日常的に利用しており、10人中8人がオンラインショッピングでAIの支援を受けています。消費者側のAI受容度は極めて高く、エージェンティックコマースが受け入れられる素地があります。
加盟店の導入障壁は低く設計されています。 TAPはローコードのオープンソリューションとして設計されており、既存のチェックアウトインフラを大幅に改修する必要はありません。Visa の4.8億件のクレデンシャルと世界中の加盟店ネットワークに接続するため、新たな決済システム構築は不要です。
Visa・Mastercard両対応の準備が重要です。 MastercardのAgent PayとVisaのVICは、いずれもトークン化と暗号学的認証を基盤としています。両方のネットワークに対応するためにも、トークン化インフラの整備を今から進めることが実務上の優先事項となります。
ただし、展開は段階的です。DBSとVisaはまず飲食、次にオンラインショッピングと旅行予約へ対象を広げる方針であり、全カテゴリーへの即時展開ではありません。各国の規制対応やエコシステムの成熟度に応じて、アジア太平洋各市場への展開スケジュールが決まります。
まとめ
DBS銀行によるアジア太平洋初のVisa Intelligent Commerceパイロットは、エージェンティックコマースが「コンセプト」から「実取引」のフェーズに移行したことを明確に示しています。Mastercardがインドで完全認証済み取引を実証した翌日にVisaがAPACでの実績を発表するという展開は、2026年がエージェンティックコマース元年となることを裏付けています。
今後注目すべきは、DBS・Visaパイロットのオンラインショッピング・旅行への拡大時期、シンガポール以外のAPAC市場への展開計画、そしてVisa TAPとMastercard Agent Payの標準規格競争の行方です。EC事業者にとっては、どちらか一方ではなく、両ネットワークのエージェント決済に対応できるトークン化基盤の整備が、今後の競争力を左右する鍵となります。




