この記事のポイント
- Deloitte(オランダ)が欧州15か国13,500人を対象にした調査「The Human and the Agent」を公開し、欧州消費者の56%がすでにAIを使って買い物をした経験があると明らかにした
- AIショッピングが普及率50%を突破するまでに要した期間はわずか18か月で、ECの約5年、スマートフォンの約10年を大きく上回る過去最速の普及ペースとなっている
- 小売事業者は「人間」と「その人に助言するエージェント」という二人の顧客に同時に選ばれる必要があり、商品データの整備と信頼構築が競争条件になりつつある
AIショッピングは「これから」ではなく「すでに起きている」

AIショッピングはもはや未来の話ではなく、今の話です。欧州消費者の56%がすでに少なくとも一度はAIで買い物を経験しました。普及率50%の到達に要した期間は約18か月で、ECの約5年、スマートフォンの約10年を大きく下回ります。
www.deloitte.com私たちはAIの普及をまだ先の出来事として語りがちです。しかしDeloitte(オランダ)が2026年に公開した調査レポート「The Human and the Agent: The state of Agentic Commerce in Europe」は、その認識を根本から覆します。欧州15か国・13,500人の消費者を対象にした本調査によれば、欧州消費者の56%がすでに少なくとも一度はAIを使って買い物をした経験を持っています。
注目すべきは普及の速度です。AIショッピングが利用率50%を突破するまでに要した期間はおよそ18か月にすぎません。同じ水準に到達するのにECは約5年、スマートフォンは約10年を要したことを踏まえると、これは欧州の小売業がこれまで経験したなかで最速のテクノロジー普及ということになります。緩やかな移行ではなく、地殻変動に近い変化が起きているのです。
| テクノロジー | 普及率50%到達までの期間 |
|---|---|
| AIショッピング | 約18か月 |
| EC(電子商取引) | 約5年 |
| スマートフォン | 約10年 |
購買プロセス全体にAIが染み出している
AIが使われる場面は、購入直前の一点に限られません。Deloitteの分析では、消費者はインスピレーション、リサーチ、比較、そして購入の意思決定に至るまで、旅の各段階でAIアシスタントに相談し始めています。多くの検討が、顧客が事業者のサイトや店舗に到達する前に済まされているのです。
特に比較検討の局面で、AIの存在感は際立ちます。AIを利用する買い物客のうち57%が商品の比較にAIを使っており、これはマーケットプレイス、小売事業者のウェブサイト、実店舗の売り場を上回る最多の比較チャネルになっています。一方で、インスピレーションはいまもSNSが、リサーチの入口は検索が握っており、購入という最終行為では従来型チャネルが優位を保っています。ただし勢いが移りつつある方向は明白です。
ここから見えてくるのが、Deloitteが「二人の顧客(two-customer reality)」と呼ぶ構図です。人間の顧客を獲得するには、その人に助言するエージェントにまず選ばれなければならない。事業者が向き合う相手は、買い手本人と、買い手の代理として情報を収集・比較するAIの二者に増えたということです。
同じ売り場でも世代で反応がまるで違う
本調査でもっとも鋭い発見のひとつが、世代によってAIへの向き合い方が大きく異なる点です。Deloitteはこれを三つの言葉で要約しています。Z世代は「私を演出して(Style me)」、つまりAIを自己表現とアイデンティティの道具とみなします。ミレニアル世代は「時間を節約して(Save me time)」と、実用的で機能的な価値を求めます。X世代は「決めるのは私(Let me decide)」と、AIを自律性への潜在的な脅威として警戒します。
この差は実店舗での行動にそのまま表れます。物理的な店舗にいるとき、Z世代の21%は人間の店員よりAIアシスタントに相談したいと答えた一方、X世代の48%は依然として人間の対応を好みました。同じ通路に立つ客でも、求めるものは正反対になり得るということです。すべての世代を一律に扱うAI戦略は、少なくともどちらか一方の顧客にとってすでに的外れになっています。
| 世代 | AIへの期待 | 店頭でAIに相談したい |
|---|---|---|
| Z世代 | 「私を演出して」(自己表現の道具) | 21% |
| ミレニアル世代 | 「時間を節約して」(実用的な価値) | 中間層 |
| X世代 | 「決めるのは私」(自律性への脅威) | 48%が人間の店員を希望 |
信頼は高まり、それでも懸念は残る
AIに対する信頼は着実に高まっています。Deloitteによれば、AIへの信頼はいまや他のデジタルチャネルと概ね同水準に達し、特に若年層でその傾向が強くなっています。この信頼の蓄積が、18か月という異例の普及速度を支えた土台と言えるでしょう。
とはいえ懸念が消えたわけではありません。全世代を通じて最大の不安はデータプライバシーとセキュリティで、その割合はZ世代の32%からX世代の42%まで世代とともに高まります。加えて、バイアスや操作への警戒、人間らしい接点が失われることへの不安も根強く残っています。透明性を保ち、データを責任ある形で扱うことで信頼を勝ち得た事業者こそが、この変化の恩恵を最も受ける立場に立てるとDeloitteは指摘します。
この構図は欧州に限りません。米国のBigCommerceの調査では、消費者の約3分の2がエージェンティックショッピングを試したいと考える一方、多くが最終購入の前に人間による承認を求めています。信頼が普及の伸びしろを決める要因である点は、地域を越えて共通しているのです。
事業者が今からできる三つの備え
エージェントが購買プロセスのより多くを担うようになるなか、Deloitteは事業者が関連性を保つための鍵を三つに整理しています。ひとつめは「見つけられること(Be found)」、すなわちエージェントが作る候補リストに入ること。ふたつめは「選ばれること(Be chosen)」、明確な優位性を示すこと。みっつめは「信頼されること(Be trusted)」、最終的なコンバージョンを勝ち取ることです。
この三段構えを実務に落とし込むと、優先順位が見えてきます。エージェントに見つけられるためには、商品情報が機械可読な構造化データとして整備されていることが前提になります。価格、在庫、仕様、レビューといったデータが曖昧なままでは、AIの比較候補にすら残れません。実際、欧州小売業界にはエージェンティックコマースが生む2,400億〜3,200億ユーロ規模の機会があると試算されており、この果実に手が届くかどうかは準備の差で決まります。
日本のEC事業者にとっても、この調査は他人事ではありません。欧州で18か月という速度が観測された以上、同様の変化が日本市場に波及する余地は十分にあります。まず着手すべきは、自社の商品データがAIエージェントから読み取れる状態にあるかの点検です。次に、なぜ自社の商品が選ばれるべきかという優位性を、人間にもエージェントにも伝わる形で言語化すること。そして、データの扱いに関する透明性を通じて信頼を積み上げることです。ちょうどAIに読ませることを前提としたエージェント可読な商品データの整備が、その出発点になります。
まとめ
Deloitteの調査は、AIショッピングがもはや将来予測ではなく現在の市場条件であることを、13,500人分のデータで裏づけました。欧州消費者の56%がすでにAIで買い物を経験し、その普及は過去のどのテクノロジーよりも速く進んでいます。事業者は人間とエージェントという二人の顧客に同時に選ばれる必要があり、そのためには商品データの構造化、優位性の言語化、そして信頼構築という三つの備えが欠かせません。動いた事業者が次の小売の姿を定義し、待った事業者は顧客の目に触れる前にふるい落とされる。この調査が突きつけているのは、そうした静かで速い選別の始まりです。





