この記事のポイント
- NuveiがVisa・Arvato Systemsなどと共同で、AIエージェントの中で購入から決済まで完結する「ファーストパーティ・インエージェント決済」の実証を完了。欧州の複数銀行が実稼働のVisaネットワーク上で承認に参加した
- 加盟店自身のエージェントを起点とする「加盟店主導」の戦略を掲げ、ACP・AP2・MCPに対応する決済レイヤー「Nuvei Agentic」を2026年後半に提供する計画を示した
- プラットフォーム主導で進んできたエージェンティックコマースに対し、加盟店が顧客接点と決済の主導権を保つ選択肢が具体化した。EC事業者は自社エージェント経由の販売を設計する段階に入っている
決済プロバイダーのNuveiは2026年7月2日、Visaと共同でエージェンティックコマースの概念実証(PoC)を完了したと発表しました。AIエージェントが買い物客に代わって商品を購入し、決済までをエージェントの中で完結させる「インエージェント決済」を、実際のVisaネットワーク上で成功させたものです。あわせて同社は、加盟店主導(Merchant-Led)のエージェント決済戦略と、新しい実行レイヤー「Nuvei Agentic」の構想を明らかにしました。本記事では発表の中身を整理し、EC事業者にとっての意味を考えます。
NuveiとVisaが実証した「インエージェント決済」とは

Nuvei announced the completion of a first-party in-agent payment with Visa and unveiled its merchant-led agentic payments strategy.
www.prnewswire.comNuveiの発表によれば、今回の実証にはVisaに加えて、マーチャントテクノロジープロバイダーのArvato Systems、ファッションブランドのKings and Priestsが参加しました。取引では加盟店側のAIエージェントが買い物客に代わって商品購入を開始し、別の決済フローに引き継ぐことなく、エージェントの内部で支払いまで完了しています。
決済はテスト環境ではなく、実稼働中のVisaネットワーク上で処理されました。Visa Intelligent Commerceの枠組みでトークン化されたVisaクレデンシャルを使い、Alpha Bank、Piraeus Bank、Bank Leumi、Bank of Cyprusなど欧州の複数のイシュア(カード発行会社)が承認に参加しています。単一銀行によるデモではなく、複数イシュアをまたいだライブ決済として成立した点が、この実証の技術的な到達点です。
取引には買い物客自身が設定するガードレールも組み込まれました。利用上限額や購入を許可するカテゴリーをあらかじめ決めておき、エージェントはその範囲内でのみ支払いを実行できます。AIに決済を委ねることへの不安に対して、ネットワークレベルの制御で答える設計です。
エージェンティックコマースをめぐる実証は、これまで「商品発見」や「カート投入」までを扱うものが中心でした。今回の取り組みは、購入の意思決定、承認、決済という取引の核心部分をエージェント内に収めたことで、発見から決済までの一気通貫を実際のカードネットワーク上で示した事例といえます。
なぜ「加盟店主導」なのか
Nuveiが発表で強調したのは、実証の成功そのものよりも戦略の方向性です。同社は「ファーストパーティ・エージェント」、つまり加盟店自身が自社の購買体験の中で提供するAIエージェントへの対応を最優先に据え、外部のサードパーティエージェントへの対応は市場の需要に応じて拡張するとしています。
この優先順位は顧客企業の声を反映したものです。発表と同じ週に開かれたNuveiのグローバル顧客諮問委員会では、加盟店側がファーストパーティのエージェント機能を当面の優先事項として挙げ、そこで確立した制御をパブリックなサードパーティエージェントへ広げていく道筋を支持したとされています。
背景には、ChatGPTのInstant Checkoutに代表される「プラットフォーム主導」の流れへの警戒があります。AIプラットフォームが商品発見から決済までを握れば、加盟店は顧客データと購買体験のコントロールを失いかねない構図です。自社サイトやアプリの中で動くエージェントから始めれば、加盟店は顧客関係を手放さずにエージェンティックコマースへ移行できます。
エージェンティックコマースはプラットフォームの問題であり、単なる機能ではない。加盟店に必要なのは、あらゆるエージェント、プロトコル、ネットワークとつながりながら、自らコントロールを保てる一つの場所だ。
「Nuvei Agentic」を構成する2つの要素
今回の実証は、Nuveiが構築を進める実行レイヤー「Nuvei Agentic」の最初の実例と位置づけられています。どのAIエージェントからでも呼び出せる、プロトコルに依存しない決済の実行層という構想です。
第一の要素であるProtocol Compatibility Layerは、加盟店が一度の統合で複数のエージェント標準に対応できるようにする仕組みです。OpenAI系のACP(Agentic Commerce Protocol)、Google主導のAP2(Agent Payments Protocol)、そしてMCP(Model Context Protocol)を吸収し、ネットワーク側ではVisa Intelligent CommerceとMastercard Agent Payの両方に対する認証取得を予定しています。プロトコルの主導権争いがどう決着しても、加盟店側の統合を作り直さずに済ませる狙いです。
もう一つのKnow Your Agent(KYA)は、エージェントの身元と権限を管理する仕組みです。エージェントを登録・認証し、消費者からの委任(マンデート)が有効かを検証し、エージェントの評判をスコアリングして、一連の行動を監査可能な形で記録します。金融におけるKYC(本人確認)の考え方をエージェントに適用したもので、「この購入は本当に本人の意思に基づくのか」というエージェント決済の最大の論点に対するNuveiの回答です。
提供時期は2026年後半が目標とされ、プロトコル互換、KYAレジストリとエージェントリスクスコアリング、ネットワーク認証、開発者向けサンドボックスが初期スコープに含まれます。既存のPCI DSSレベル1認証済みインフラの上に構築するため、加盟店は決済基盤を作り替える必要がありません。
Visaのエージェント決済基盤と今回の実証の位置づけ
今回のPoCは単発の取り組みではなく、VisaとNuveiが積み上げてきた布石の延長線上にあります。Nuveiは2025年10月にVisaのTrusted Agent Protocolへの対応を表明し、加盟店が正規のAIエージェントと悪意のあるボットを見分けるための枠組み作りにパイロット段階から参加してきました。
Visa側も2026年3月に欧州でAgentic Readyプログラムを開始しています。イシュアがエージェント起点の取引を管理された本番環境でテストできる枠組みで、Barclays、HSBC UK、Revolut、Santanderなど約20の金融機関が名を連ねました。今回の実証に参加した欧州のイシュア群も、この流れの中に位置づけられます。
市場規模の見立てとしては、発表の中でMcKinseyの予測が引用されています。エージェンティックコマースの取引額は2030年に1兆ドル、2035年には3兆〜5兆ドルに達するとされ、決済各社がこの領域への投資を急ぐ根拠となっています。
EC事業者への示唆
日本のEC事業者にとって、今回の発表は二つの点で参考になります。
まず、エージェンティックコマース対応の入り口は外部のAIプラットフォームだけではないということです。自社サイトやアプリに組み込むファーストパーティのエージェントから始め、決済まで完結させるという道筋が、実際のカードネットワーク上で動くことが示されました。顧客データを手元に置いたまま、AI経由の販売体験を段階的に検証できます。
もう一点は、プロトコル選択のリスクを決済レイヤーで吸収する動きが本格化していることです。ACP、AP2、MCPのどれが主流になるかを事業者自身が見極める必要はなく、対応済みの決済プロバイダーを選ぶことが実質的な対応策になりつつあります。国内の決済プロバイダーが同様の互換レイヤーを提供するかどうかは、2026年後半以降の注目点です。
まとめ
NuveiとVisaによる今回の実証は、AIエージェントによる購買が構想段階を抜け、実際のカードネットワーク上で動く現実になったことを示すものです。加盟店のエージェントが購入を開始し、欧州の複数の銀行が承認し、トークン化されたクレデンシャルで決済が完了する。この一連の流れが、消費者が設定したガードレールの範囲内で成立しました。
同時に発表された加盟店主導の戦略とNuvei Agenticは、プラットフォーム主導で進んできたエージェンティックコマースに対する、決済インフラ側からの対案です。2026年後半の提供開始に向けて、ACP・AP2・MCPを吸収する互換レイヤーとKnow Your Agentがどこまで実装されるか。EC事業者が自社の顧客接点を保ったままエージェント時代へ移行できるかを左右する取り組みとして、続報を追う価値があります。





