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小売・事例2026年10月7日

SAPがConnect 2026で「Autonomous CX」を発表、AIエージェントを受注・在庫データにつなぐJouleアシスタントとは

SAPがSAP Connect 2026でAutonomous CXのJouleアシスタント群を発表しました。AIを受注・在庫・顧客マスタにつなぐ設計の中身と、AIに購入を任せる消費者の調査をもとに、EC事業者が先に整えるべき点を解説します。

SAPがConnect 2026で「Autonomous CX」を発表、AIエージェントを受注・在庫データにつなぐJouleアシスタントとは

この記事のポイント

  1. SAPは2026年10月6日(米国時間)、ラスベガスのSAP Connectで「Autonomous CX」のJouleアシスタント群を発表しました。キャンペーン、コンテンツ、ショッピング、見積もり、営業報酬、サービス計画の6つで、追加機能と新規アシスタントの一般提供は2027年第1四半期の予定です
  2. 狙いは、マーケティングや営業、サービスのAIを、受注・在庫・顧客マスタといった基幹データにつなぐことです。在庫のない商品を宣伝する、受注の情報が食い違うといった、AIの約束を裏側で実行できない事故を減らす設計で、注文管理をSAP以外のERPにも広げ、名寄せ基盤のSAP Reltioを一般提供しました
  3. SAPの消費者調査では33%がAIに購入の完了を任せられると答えた一方、完全な自律を望む人は4%にとどまり、56%がAIの判断を取り消せることを求めました。EC事業者は、エージェントが参照する在庫・価格の鮮度と、人が介入できる出口を先に整える必要があります

SAPがラスベガスで示した「Autonomous CX」

マーケティングのAIが新商品のキャンペーンを打ったとき、その商品はもう倉庫にないかもしれません。SAPが10月6日に発表したAutonomous CXのアシスタント群は、こうした部門間のずれを埋めることを目的にしています。発表の場は、ラスベガスで10月5日から7日まで開かれた年次イベント「SAP Connect」です。

Autonomous CXは、SAPが2026年5月のSAP Sapphireで打ち出した事業領域の1つで、今回はその中身となるJouleアシスタントが具体化しました。JouleはSAPのAIアシスタントのブランドです。SAPのイノベーション・ニュースガイドによると、アシスタントは顧客とのやり取り、注文、契約、価格、支払い履歴、社内規定といった共有の業務文脈を使い、定められたワークフローの手順を準備・実行します。そのうえで、例外対応や重大な判断の責任は人が持つと明記しています。

CX Todayの取材に応じたSAPのCMO、Jessica Keehn氏は、発表の問題意識をこう説明しました。

顧客体験は、これまで別々の部門とシステムに分かれて組み立てられてきました。けれども顧客は、ブランドをそのように体験してはいません

今回発表された6つのアシスタントは次のとおりです。既存アシスタントへの機能追加と新規アシスタントの一般提供は、いずれも2027年第1四半期の予定です。

アシスタント主な役割今回の発表
Campaign Assistant顧客と事業のシグナル(ERPやマーケティングのデータ)をもとに、オムニチャネルのキャンペーンを実行する既存アシスタントの機能追加
Content Assistantチャネルごとに調整したパーソナライズ済みのコンテンツを組み立てる既存アシスタントの機能追加
Shopping AssistantB2Bのメール受注で顧客・商品の情報を検証し、出荷に向けて受注を準備する既存アシスタントの機能追加
Quoting Assistant価格・商品・条件が正確な見積もりと提案書を作る新規
Incentive Compensation Assistant営業の報酬に関する異議申し立てを受け付け、計上や支払いの状況を見えるようにする新規
Service Planning and Operations Assistant初回の問い合わせから請求まで、計画・物流・事後対応を1つの流れでつなぐ新規

このうち、エージェンティックコマースとの関わりが最も深いのは、Shopping Assistantと、同時に発表された注文管理の拡張です。

Shopping Assistantの中身はB2Bの受注処理

名前だけを見ると、消費者と会話して商品を勧めるAIを想像するかもしれません。CX Todayは、Shopping Assistantを「顧客情報と商品情報を検証し、受注を出荷準備まで速く、少ない誤りで進める」機能と紹介しています。

SAPのニュースガイドを読むと、より具体的な姿が見えてきます。今回追加されたのはB2Bのメール受注への対応です。取引先からメールで届いた注文について、顧客と商品の情報を検証し、出荷に向けた受注を準備します。手入力の受注作業を減らしつつ、例外と承認は人が担う設計です。

つまり、これは「AIが接客する」話ではなく、注文が入ったあとの裏側でAIが受注の正しさを確かめる話です。地味に見えますが、ここにエージェンティックコマースの重要な論点があります。

AIエージェントが買い物客の代わりに注文を出すようになると、注文の入口はメール、チャット、外部のAIなど、いま以上にばらばらになります。入口が増えるほど、届いた注文が実在の顧客、正しい商品コード、有効な価格に対応しているかを確かめる処理は重くなります。SAPがまずメール受注という「形式の揃わない注文」から自動化を始めたことは、エージェント経由の注文を受ける側の準備として読むことができます。

在庫のない商品を宣伝しないための「注文管理」と「名寄せ」

Shopping Assistantより影響範囲が広いのは、同時に発表された2つの基盤です。

1つ目はSAP Order Management Servicesの拡張です。SAPのS/4HANAだけでなく他社のERPも含め、複数の基幹システムをまたいで顧客の需要・在庫・価格・注文の実行をつなぐ共通の注文管理レイヤーを作れるようにします。SAPは、時間のかかるERP統合プロジェクトなしにこれを実現できると説明しています。従来のB2C中心の用途からB2Bの複雑な注文処理にも対象を広げ、注文の検証、拠点をまたいだ在庫確認、事業部門間の取引の調整を担います。注文処理の混乱をいち早く見つけて対応するJoule Agentsも、2027年第1四半期に提供予定です。

2つ目は、名寄せ(マスタデータ管理)を担うSAP Reltioです。SAPが2026年5月に買収を完了したReltioの技術をもとに、SAP Business Data Cloudの一部として一般提供を始めました。注目すべきは問題の立て方です。同じ顧客や取引先、商品が、業務アプリごとに別の識別子や属性で記録され、どのシステムも部分的な姿しか持っていない。SAPは、AIはこうした食い違いを自動では解消しないと指摘し、Reltioを複数システムにまたがる「system of context(文脈の基盤)」と位置づけています。

2つを並べると、SAPの設計思想がはっきりします。CX Todayの記事は、顧客が感じる摩擦の例として、手に入らない商品を宣伝するキャンペーン、複雑な見積もり作成で遅れる商談、プロセスの分断で途切れる購入体験を挙げています。いずれも、顧客の前に立つ仕組みと、在庫や受注を持つ仕組みが別々に動いていることから生まれます。

AIエージェントが接客や広告を担うほど、この問題は大きくなります。人間の担当者なら、在庫が怪しい商品は勧める前に倉庫へ確認するかもしれません。エージェントは、渡されたデータが古ければ、そのまま自信を持って勧めてしまいます。SAPはその解決を、エージェント自体の賢さではなく、エージェントが参照する在庫・注文・マスタを1つの層にまとめることに求めました。

外部とのつながりにも触れておきます。SAPのプレスリリースによると、JouleはAgent2Agent(A2A)プロトコルを通じて他社のAIやエージェントと連携できます。顧客の購買エージェントが小売事業者のシステムに在庫や納期を問い合わせる場面を考えると、基幹データに基づいて答えられる窓口があることの意味は小さくありません。ただし、今回の発表に消費者向けAIエージェントとの具体的な接続例は含まれていません。

3割がAIに購入を任せる、ただし完全な自律を望むのは4%

SAPがこの発表の背景として示したのが、SAP Engagement Cloud(旧Emarsys)が9月16日に公表した2026年版Customer Loyalty Indexです。調査会社のOpinion Mattersが2026年7月7日から22日に、米国・英国・ドイツ・香港の10,002人を対象に実施しました。

報告書の本体によると、AIの推薦を友人や家族の助言より好む人は35%、AIが推薦した商品を買ったことがある人は33%でした。AIアシスタントに購入の完了を任せられると答えた人も33%います。2025年の調査では、AIエージェントに判断と行動を任せて買い物をした人が30%で、報告書はこれを購入の委任が広がりつつある兆しとしています。

反対側の数字もあります。AIの使い方が原因で、愛着のあったブランドから乗り換えた人は30%に達し、Z世代では45%でした。AIを入れればロイヤルティが上がるわけではなく、使い方を誤れば顧客を失うということです。

エージェンティックコマースの設計に直接効くのは、制御をめぐる回答です。人とAIの共同管理を望む人が60%を占め、完全に人が管理すべきだという人は20%、人の監督つきでAI主導を望む人は16%、完全な自律を望む人は4%でした。必要なときにAIの判断を取り消せることを望む人は56%、人による介入の手段を残してほしい人は48%です。SAPが「例外と重大な判断は人が持つ」と明記したのは、この結果と符合します。

数字を読むときの注意点もあります。この調査はSAP自身によるもので、日本は対象に含まれていません。発表資料によって数字に幅もあります。CX Todayは「32%が日常的にAIで購入を判断する」と伝えていますが、SAP Engagement Cloudの9月16日のプレスリリースではこれが米国の数字で、4か国全体の報告書では31%です。AIの推薦を友人や家族より好む人も、米国に限ると44%に上がります。報告書自身が「ERPのデータを組み込んだエージェントのワークフローを作るべきだ」と提言しており、調査の結論と自社製品の主張が近いことも割り引いて読む必要があります。

発表の多くは、まだ手に取れない

提供時期も押さえておきたい点です。Constellation Researchは、SAP Connectで発表されたものの多くは2027年第1四半期にEarly Adopter Careプログラムで使えるようになるもので、いま一般提供されている製品は少ないと指摘しています。

利用者の側からも慎重な声が出ています。ドイツ語圏のSAPユーザー会(DSAG)のJens Hungershausen会長は、自律型企業のビジョンについて、ビジョンと利用できるソリューション、実際の顧客の利益のあいだにはまだ隔たりがあると述べました。本記事で取り上げた発表のうち、一般提供済みと明記されているのはSAP Reltioです。CXアシスタントの効果は、導入事例が出てから判断することになります。

EC事業者が今日から点検できること

SAPを使っていない事業者にとっても、この発表は自社の準備度を測る物差しになります。

最初に確かめたいのは、AIが参照する在庫と価格の鮮度です。広告配信、メール施策、サイト内のチャット、外部のAI向けの商品フィードが、同じ在庫データを同じタイミングで見ているかを洗い出すと、在庫切れ商品の広告が生まれる経路が見えてきます。Keehn氏が「ブランドが最初にすべきは、プロセスの摩擦を直すことだ」と述べたのは、この順番の話です。

商品と顧客の識別子も見直す価値があります。ECモール、自社EC、店舗、基幹システムで同じ商品が別のコードを持っている状態は、日本の小売では珍しくありません。人間は経験で補えますが、エージェントは補えません。SAP CXの責任者が小売の準備度を「10点中3〜4点」と評した論考も、データの整理と統合を最大の課題に挙げていました。

そして、取り消しと引き継ぎの出口です。完全な自律を望む消費者が4%しかいない以上、エージェント経由の注文には確認、キャンセル、人の担当者への切り替えを用意しておく必要があります。任せられる範囲と、人が介入できる地点を先に決めておくことが、AIで顧客を失わないための条件になります。

ERPを丸ごと入れ替えずに、注文管理の層を1枚かぶせて複数のシステムをつなぐという考え方は、KiboのOMSとエージェントの統合など他社の動きとも重なります。

まとめ

SAPのAutonomous CXは、AIエージェントを顧客の前面に立たせる前に、その背後にある受注・在庫・マスタを整えるという発表でした。主役はチャットではなく、注文管理と名寄せの層です。

製品の多くは2027年第1四半期以降の提供で、効果はまだ検証されていません。それでも、3割の消費者がAIに購入を任せてもよいと考え、同じく3割がAIの使い方でブランドを離れている現実は、日本のEC事業者にも無関係ではありません。次に注目すべきは、早期導入の小売事業者が、エージェントの約束と在庫の事実をどこまで一致させられるかです。