「良いボット」を遮断しない決済設計へ、SpreedlyがLLM経由トラフィックのコンバージョン2〜3倍を証言
Spreedlyのアダム・ハイアット氏が語る、AIエージェント経由トラフィックの高い成約率とボット対策の衝突。良いボットと悪いボットをWeb Bot AuthやVisa TAPでどう見分けるか、EC事業者が押さえるべき論点を整理します。
この記事のポイント
- 決済オーケストレーション企業SpreedlyのAdam Hiatt氏が「すべてのボットが悪ではなくなった」と述べ、AIエージェント経由のトラフィックを遮断対象ではなく獲得チャネルとして扱うべきだと主張しました
- 同社のチケット販売顧客では、LLMのチャット画面から始まったセッションが従来の検索流入に比べて約2〜3倍の率で成約しています
- ボットを一律に弾く前提の不正対策は正規のエージェント注文まで落とすため、Web Bot AuthやVisa TAPによる「エージェントの識別」が加盟店の売上を左右し始めています
「ボットは全部悪」という前提が崩れ始めた

SpreedlyのAdam Hiatt氏が、エージェンティックコマースでは一部のボットが加盟店の望んでいたものをそのまま運んでくる理由を語ります。
www.pymnts.comデジタルコマースが始まって以来、自動化されたトラフィックはずっと敵でした。クレデンシャルスタッフィング、スクレイピング、在庫の買い占め、不正注文。ボットという語が出てくる文脈はほぼ例外なく防御側の話であり、正規の顧客は人間であるという前提は疑われることすらありませんでした。だからこそ加盟店はWAF、ボット管理、不正スコアリングという三段構えで自動アクセスをふるいにかけてきたわけです。
その前提が、AIが商品を推薦する段階から取引を開始する段階へ進んだことで揺らいでいます。決済オーケストレーション企業Spreedlyでプロダクト戦略担当エグゼクティブ・バイス・プレジデントを務めるAdam Hiatt氏は、PYMNTSのインタビュー(2026年9月2日公開)でこう語りました。
最大の変化は、いまやすべてのボットが悪ではなくなったということです。
ハイアット氏によれば、商売上の課題はもはや「訪問者がボットかどうか」を見抜くことではありません。そのボットが本物の購買意図を持った正規の顧客を代理しているのかを判定し、判定できたなら取引しやすくすることへと問いが移っています。Spreedlyは複数のPSPへの接続を束ねる決済基盤を提供する立場から、2026年3月にエージェンティックコマースを自社プラットフォーム上の正式なチャネルとして稼働させており、加盟店が既存の決済契約とmerchant of recordの地位を保ったままエージェント発の取引を受けられるようにすると説明しています。
LLM経由のセッションは検索経由の2〜3倍で成約していた
数字が話を具体的にします。ハイアット氏は、Spreedlyのチケット販売顧客の1社で、LLMのチャットインターフェース内から始まったセッションが、従来の検索から始まったセッションのおよそ2倍から3倍の率で成約していると明かしました。
「2〜3パーセントの話ではありません。100パーセントから200パーセント高いということです」。ハイアット氏はそう補足しています。
なぜこれほど差が出るのか。検索から来た人は、まだ調べている途中かもしれないし、他社と比べている最中かもしれないし、そもそも買うかどうかを迷っている可能性もあります。対してAIアシスタントは、価格も在庫も条件も、加盟店のサイトに到達する前に評価し終えています。「ボットがサイトに来た時点で、意思決定はほぼ済んでいる」とハイアット氏は表現しました。ファネルの上流部分が、加盟店の外側で完結しているわけです。
ただしこの数字の扱いには注意が必要です。公表されているのは匿名の1社の事例であり、対象期間、セッション数、比較の条件はいずれも未開示です。チケット販売という在庫が消尽しやすく購買意図が明確な業種特有の傾向である可能性も、現時点では否定できません。エージェント経由トラフィックが常に高転換だと一般化できる材料はまだ揃っていない、と読むのが妥当です。
それでも示唆は残ります。エージェント流入が検索、マーケットプレイス、SNS、直接流入と並ぶ独立した獲得チャネルになるなら、加盟店の仕事は「説得すること」から「取引を完了させられる状態にしておくこと」へ移ります。ハイアット氏が挙げたコンバージョンの論点も、ランディングページの改善ではなく「カタログは正確か、AI環境の中で自社は適切に表現されているか」でした。SEOが消えるのではなく、モデルの中での可視性という対になる仕事が増えるという整理です。
良いボットと悪いボットは、どこで見分けるのか
問題はその次にあります。エージェントを歓迎すると決めたところで、そのエージェントが本物である保証はどこにもありません。User-Agent文字列は簡単に詐称できますし、IPレンジのホワイトリストは運用が破綻します。つまり「良いボット」という概念は、暗号的に検証できて初めて成立します。
その土台になっているのがWeb Bot Authです。Cloudflareが2025年5月に提案し、IETFで標準化が進むこの仕組みは、RFC 9421のHTTP Message Signaturesを使い、エージェントが自分の秘密鍵で1つ1つのHTTPリクエストに署名します。サーバー側は公開鍵ディレクトリを参照して署名を検証するため、なりすましのUser-Agentは通りません。詳しくはWeb Bot Authの仕組みを解説した記事で整理しています。Cloudflareは2025年8月に署名済みエージェントの第1陣を発表し、その後AWS WAF Bot ControlやShopifyなども対応を進めました。
決済ネットワークは、この検証層の上に「何をしてよいエージェントか」という情報を載せにきています。Visaが2025年10月14日に公開したTrusted Agent Protocol(TAP)は、Cloudflareと共同で設計されWeb Bot Authと整合する形で、エージェントの署名に加えて「閲覧目的か購入目的か」という意図の表明と、その消費者が加盟店の既存顧客かどうかを示すデータ要素を運びます。Visaはこの発表で、米国の小売サイトへのAI起点トラフィックが1年で4,700%超増加したというAdobeのデータを背景として挙げています。Mastercardも2025年4月発表のAgent Payで、エージェントを事前登録・検証したうえでAgentic Tokenを発行し、加盟店側はCDN層でWeb Bot Authを実装すれば新規コードなしにエージェントの真正性を確認できる設計を採っています。CloudflareがVisaとMastercardの両プロトコルに対応した経緯を見ると、認証の土台は事実上1本に収束しつつあることが分かります。
| レイヤー | 担い手 | 何を証明するか | 加盟店側の実装 |
|---|---|---|---|
| Web Bot Auth | Cloudflare/IETF | リクエストが登録済みエージェントの鍵で署名されている | CDN・WAF側で署名検証を有効化 |
| Visa Trusted Agent Protocol | Visa(Cloudflareと共同設計) | エージェントの意図(閲覧か購入か)と消費者が既存顧客かどうか | TAP対応の受け入れ側連携 |
| Mastercard Agent Pay | Mastercard | 事前登録・検証済みエージェントに紐づくAgentic Tokenの正当性 | CDN層でWeb Bot Auth実装、認定プロセッサ経由 |
加盟店から見ると、この3層は「誰か」「何をしにきたか」「支払い手段は何か」を順に埋める作業です。ハイアット氏が「一律ではないきめ細かなリスクポリシーを作れること」「不正のオーケストレーションの問題が決定的に重要だ」と述べたのは、この情報を受け取ったうえで注文ごとに判断を変える仕組みのことを指しています。
遮断しすぎる加盟店が払っているコスト
判別できないまま運用すると何が起きるか。Darwiniumが不正対策・リスク・セキュリティの責任者500人に実施した調査では、エージェント経由トラフィックを既定で許可している組織が48%、既定で遮断している組織が31%、エンドポイントや操作単位で個別に判断している組織が20%でした。許可側は定量化できないリスクを事後モニタリングで受け止めており、遮断側は売上機会を捨てています。どちらも積極的な選択というより、判別手段がない状態での妥協です。
不正対策ベンダーのChargebacks911は、人間の行動を前提に組まれた検知エンジンが正規のAIショッピングエージェントを悪性ボットと誤判定し、いわゆるフォールスディクライン(正常な取引の誤拒否)を増やしていると警告しています。同社創業者兼CEOのモニカ・イートン氏はPYMNTSの取材に対し、エージェンティックコマースが拡大するなかで加盟店には、検知と証跡の基盤をいま作り替えるか、正規売上のうち増えていく一部が自社のシステムに拒否されるのを眺めるかという明確な選択があると述べています。
それでも残る不確実性
推進側の説明だけを並べると話がきれいすぎます。実際には未解決の論点が三つ残っています。
第一に、署名検証は「そのエージェントがディレクトリに登録された鍵を持っている」ことしか証明しません。登録済みエージェントが乗っ取られた場合や、利用者の同意範囲を超えて動いた場合まではカバーしません。第二に、誤検知は逆方向にも起きます。署名に対応していない正規のエージェントを遮断すれば、標準への準拠状況がそのまま販売機会の差になります。標準が固まりきる前に厳格な運用へ倒すと、対応が遅れた小規模なエージェント経由の需要を先に捨てることになります。
そして最も重い論点がチャージバックの責任の所在です。現時点で業界標準は存在しません。カードネットワーク、イシュアー、エージェントを提供するプラットフォームのあいだで、消費者、加盟店、エージェント事業者のどこに責任が落ちるかは依然として調整中であり、実務上はまず加盟店が異議申し立てに対応する構図が続いています。従来のチャージバック抗弁で使ってきたIPアドレス、デバイスフィンガープリント、サイト内の行動履歴は、いずれもエージェントが生成したものであり、人間の意思を証明する材料としては弱くなります。米国にはAIエージェントの購買責任を扱う連邦法がなく、欧州のPSD3も交渉中です。エージェント経由の売上を増やす判断は、この責任配分が定まらないまま行うことになります。
EC事業者が今の段階で決めておくこと
やることは多くありません。まず、自社のWAFとボット管理が署名済みエージェントをどう扱っているかを確認する。次に、エージェント発の注文を人間の注文と区別してタグ付けし、承認率、フォールスディクライン率、チャージバック率を別建てで計測できる状態を作る。この計測がないと、遮断しすぎているのか通しすぎているのかを議論する土台がありません。
そのうえで、カタログの正確性と在庫情報の機械可読性を上げる作業が続きます。エージェントは到達前に判断を終えているので、間違った価格や欠品情報が載っていれば、比較の段階で静かに落選します。加盟店側から見ると失注の理由すら残りません。
まとめ
ボットを弾く仕組みは、これまで純粋なコストセンターでした。それが、通すべきトラフィックと弾くべきトラフィックを選り分ける売上の分岐点に変わろうとしています。ハイアット氏はこの変化を「津波」と呼び、残る制約は標準とインフラだと述べました。
その標準は、Web Bot Authという共通の検証層の上に、VisaとMastercardがそれぞれの意図表明と決済トークンを載せる形でおおむね姿を現しています。次に注目すべきは、加盟店側の不正対策ベンダーがこの署名情報を実際にスコアリングへ組み込むタイミングと、責任配分についてカードネットワークが最初のルールを示す瞬間です。それまでは、自社のエージェント経由注文が何件通り、何件落ちているかを知っている加盟店だけが、この議論に参加できます。



