この記事のポイント
- Juniper Researchが、エージェンティックコマースの利用者を2031年に13億人、取引額を3.5兆ドルと予測した
- 成長を牽引するのは大手小売の直接対応、AIへの消費者の慣れ、決済インフラの整備という3要因である
- カード偏重の決済構造が市場拡大の足かせになると指摘され、EC事業者には多様な決済手段への対応が求められる
Juniper Researchが描くエージェンティックコマースの拡大曲線

The number of agentic commerce users can reach 1.3 billion by 2031, up from less than 300 million this year, according to the newly-released study conducted by Juniper Research.
technode.global英国の調査会社Juniper Researchが、新たな調査レポート「Agentic Commerce Market: 2026-2031」を公開しました。その中核となる予測は明快です。AIエージェントが自律的に商品を探し、購入し、決済まで代行する「エージェンティックコマース」の利用者が、2026年時点の3億人未満から、2031年には13億人に達するというものです。
この数字は約350%増という伸びを意味します。新しい買い物の形がまだ「実験段階」にあるなかで、わずか5年で利用者層が一気に4倍超へと広がるという見立てです。Juniper Researchは38,000のデータポイントを5年間にわたって分析し、この予測を導いています。
注目すべきは、利用者数以上に取引額の伸びが急峻な点です。エージェンティックコマースの取引総額は、2026年の80億ドルから2031年には3.5兆ドルへ拡大すると見込まれています。その増加率は実に43,240%。利用者一人あたりの取引規模が、時間とともに大きく膨らんでいく構図が読み取れます。
| 指標 | 2026年 | 2031年 |
|---|---|---|
| 利用者数 | 3億人未満 | 13億人 |
| 取引額 | 80億ドル | 3.5兆ドル |
| 利用者数の伸び | — | 約350%増 |
| 取引額の伸び | — | 43,240%増 |
なぜ今、利用者が増えると予測されるのか
Juniper Researchは、この急成長を支える要因として3つを挙げています。第一に、大手小売による直接対応の広がりです。これまでAIエージェント経由の購買は、小売側が想定していない「裏口」からのアクセスでした。しかし主要小売がエージェント向けの導線を公式に整備し始めたことで、取引の土台が一気に整いつつあります。
第二の要因が、消費者のAIに対する慣れです。レポートは現時点での利用者の信頼や親しみがまだ低い水準にあると認めています。一方で、AIが日常生活に溶け込み、小売がエージェント機能を次々と展開するにつれ、この状況は急速に変わると見ています。普段使いのチャットアシスタントがそのまま買い物の窓口になる体験が、抵抗感を下げていくという読みです。
第三が、決済インフラの整備です。エージェントが実際にお金を動かせなければ、購買は完結しません。この点では、カードネットワークを中心とした決済プロトコルの整備が急ピッチで進んでいます。3つの要因はいずれも単独で完結するものではなく、互いに補強し合いながら市場を押し上げていく関係にあります。
決済を握るのは誰か──Mastercard・Visa・Stripe
同じJuniper Researchが4月に公開した先行レポートでは、決済インフラ提供者の競争順位が示されています。2026年の競合リーダーボードで首位に立ったのはMastercardで、Visa、Stripeがそれに続きました。14社の主要決済プロバイダーを、エージェント決済を支える機能と各種プロトコルへの参加度で評価した結果です。
リーダー各社の動きは具体的です。Mastercardはエージェント認証と取引のトークン化を「Agent Pay」として進め、Visaは消費者の委任フレームワークを構築する「Intelligent Commerce」を立ち上げています。Stripeに至っては、OpenAIと共同で「Agentic Commerce Protocol」を開発し、ChatGPTの即時決済機能の裏側を支えています。先行してフレームワークに関与した企業ほど、この市場での優位を固めつつあるという構図です。
Juniper ResearchのVP、Nick Maynard氏は、初期段階での枠組みへの参加が極めて有益であり、市場が広がるにつれてこれらのプロトコルが決済プロバイダーの成否を左右すると指摘しています。なお、同じ調査ではエージェンティックコマースの支出が2030年に1.5兆ドルに達するとの予測も示されており、今回の2031年・3.5兆ドルという数字は、その先の加速まで織り込んだものといえます。
カード偏重という落とし穴
レポートが繰り返し警告しているのが、決済手段がカードに偏ることのリスクです。現状ではカード決済がトークン化を通じてエージェント取引を主導しています。しかしMaynard氏は、カード支配がエージェンティックコマース市場の最善の利益にはならないと明言しています。
その理由は、世界の決済市場が地域ごとに大きく分断されている点にあります。デジタルウォレットや口座間送金(アカウント・トゥ・アカウント決済)といったローカルな決済手段は、地域によってはカードを上回る存在感を持ちます。こうした手段への対応を怠れば、決済時に摩擦が生まれ、市場全体の成長余地が削がれてしまう。Maynard氏は、ローカル決済手段への非対応が市場全体の成長ポテンシャルを制限すると述べています。
ここには日本のEC事業者にとっての示唆も含まれています。コンビニ決済やキャリア決済、各種コード決済が根強く使われる日本市場では、カードだけを前提としたエージェント対応は取りこぼしを生みかねません。エージェント経由の購買導線を設計する際には、自国の主要な決済手段をいかに組み込むかが、機会損失を避ける鍵になります。
信頼という最大のハードル
数字の華やかさとは裏腹に、Juniper Researchは普及の最大の障壁を信頼だと位置づけています。AIエージェントに財布を預け、購入の意思決定まで委ねることへの心理的なハードルは、依然として高いのが実情です。
このためレポートは、エージェンティックコマースが当面のあいだ従来のECチェックアウトを置き換えるものではない、という冷静な見立ても示しています。13億人・3.5兆ドルという予測は、既存のECを代替する数字ではなく、その上に新たに積み上がる購買体験の規模として捉えるのが妥当です。事業者にとっては、既存の購買導線を守りながら、エージェント経由の新たな入口を並行して用意する姿勢が現実的といえます。
信頼の壁は、裏を返せば先行者にとっての参入余地でもあります。早い段階でエージェント向けの商品データを整え、安全な決済手段を揃えた事業者は、消費者の慣れが進んだときに選ばれる側に回りやすくなります。
まとめ
Juniper Researchの予測は、エージェンティックコマースが「いつか来る未来」ではなく、5年スパンで規模が定まりつつある市場であることを示しています。13億人という利用者規模、3.5兆ドルという取引額、そしてその裏で進む決済インフラの覇権争い。これらは事業者が今から準備を始めるべき理由を、具体的な数字とともに突きつけています。
次に注目すべきは、カードとローカル決済のバランスがどう取られていくか、そして信頼の壁がどの地域から先に崩れていくかです。エージェントに選ばれる準備ができている事業者が、この拡大曲線の恩恵を最初に受け取ることになります。





