この記事のポイント
- 中国の年中商戦「618」は弱い消費需要のなか低調に幕を閉じ、各プラットフォームが価格競争からAIによる体験設計へと軸足を移した
- AlibabaはQwenをTaobaoに統合し、JDやDouyinも推薦・接客・物流までAIを浸透させ、618は「技術の戦場」へと性格を変えた
- 当局の過度な値引き是正と「内巻(インボリューション)」抑制が、値引き依存からAIコマースへの転換を後押ししている
低調な618が映す、中国消費の踊り場

China's second-biggest shopping festival is drawing to a subdued close, underscoring weak consumer confidence and government pressure on e-commerce platforms to disengage from excessive discounting.
www.reuters.comJD.comの創業を記念して6月18日に開かれる「618」は、中国でダブルイレブン(独身の日)に次ぐ第2の商戦です。かつては一日限りのセールでしたが、いまや各社が5月中旬から6月20日前後まで約40日にわたって値引きを続ける長期イベントへと姿を変えました。2026年の618は、その商戦が「消費を煽る祭り」ではなくなりつつあることを示しました。
商戦の空気を象徴するのが、北京のITエンジニアの女性がロイターに語った言葉です。「洗剤は買ったが、安かったからではなく、ただ切らしていたから」。必要なものを必要なだけ買う。この淡々とした消費態度こそ、今年の618を貫くトーンでした。
数字も慎重さを裏づけます。中国の5月の小売売上高は前年同月比0.6%減と、コロナ規制下にあった2022年12月以来はじめてのマイナスに転じました。自動車、家電、家具、宝飾品、建材といった高額品が軒並み落ち込み、政府の購入補助金をもってしても下支えは効きませんでした。Bain & Companyの大中華圏消費財責任者は、この静けさを「むしろ市場にとって良いこと」と評し、人々の消費が「祭りでまとめ買いする」段階から正常化しつつあると指摘しています。
「健全な転換」と当局の圧力
低調な商戦の背景には、消費マインドの冷え込みだけでなく、当局による明確な政策的圧力があります。
中国の規制当局は618を前に、過度な競争――現地で「内巻(インボリューション)」と呼ばれる消耗戦――を強く牽制してきました。北京市市場監督管理局は商戦に先立ち、Taobao・Tmall、JD.com、Pinduoduo、Douyin、Xiaohongshuの主要5社を呼び出し、是正を指示しています。問題視されたのは、根拠の曖昧な値引き表示や補助金の誇大表現でした。
具体的には、Taobao・Tmall、JD.com、Pinduoduoが掲げた「100億元(約15億ドル)補助金」キャンペーンについて、当局は各社が実際に100億元を投じた証拠を示せないと指摘しました。この公開叱責を受け、AlibabaとJD.comの香港上場株は一時6%下落しています。値引きの「見せ方」そのものに当局のメスが入った格好です。
この圧力は、プラットフォームが長年頼ってきた集客レバーを一つ奪うことを意味します。だからこそAlibabaは今年の618を「決定的な転換」と位置づけ、ブランド各社が「見出しを飾る売上高より健全なマージンを優先した」と説明しました。値引き合戦から距離を置くという物語を、当局の意向と歩調を合わせて打ち出したのです。売上の伸びは長い商戦期間のおかげで一桁台にとどまる見通しで、量の拡大はもはや主役ではありません。
AIが商戦の「主役」に躍り出た
値引きという武器が鈍るなか、各社が代わりに前面へ押し出したのがAIでした。CTR Market Researchのゼネラルマネージャーは、大手EC各社がこぞって618を自社AIの試験場にしていると述べ、「もはやECの戦場というより、各プラットフォームにとっての技術の戦場だ」と表現しています。
その象徴がAlibabaです。同社は自社のAIモデル「Qwen(通義千問)」をTaobaoの全商品ラインに統合し、消費者がアプリ内のリストを手作業でたどる代わりに、AIエージェントと対話しながら閲覧・比較・購入できるようにしました。キーワード検索を自然言語の対話に置き換え、商品選びから注文・決済までをQwenアプリ内で完結させる――これは検索を起点としてきたECの導線そのものの再設計です。
中国の業界レポートも、この変化を裏づけています。新華社系の研究機関などが618初日に公表した「618消費インサイトレポート(2026)」は、2026年の618を「AIが全面実装された初の商戦」と位置づけました。レポートによれば、AIは販促キャンペーンの基盤インフラ(underlying infrastructure)へと格上げされ、マーケティングから接客、ライブ配信、広告までを横断的に貫いたといいます。消費者側ではAIショッピングガイド、インテリジェント推薦、自動アフターサービスが実装され、産業側では商品選定・在庫・物流といったサプライチェーンにAIが組み込まれました。
もっとも、各社のAI戦略は一様ではありません。次の表は、主要3陣営がAIをどこに重点投下したかを整理したものです。
| 陣営 | AI戦略の軸 | 主な施策 |
|---|---|---|
| JD.com | 自営・物流を活かしたフルファネル浸透 | AIデジタルヒューマン配信、AI接客、消費者向けエージェント、物流最適化 |
| Taobao/Tmall | 買い物入口の再構築(長期戦) | QwenアプリとTaobaoを全面連携し、選定・注文・決済を完結 |
| Douyin | コンテンツ起点のAIクローズドループ | 推薦から自動注文までを本体アプリ内に留める設計 |
JDは自営モデルと物流という自社の強みに沿って、フルファネルでのAI浸透を選びました。AIデジタルヒューマンによるライブ配信、AIカスタマーサービス、消費者向けエージェント、物流の最適化エンジンまでを一気通貫でつなぎます。Taobao・TmallはQwen統合という「買い物入口の再構築」に賭け、Douyinはコンテンツ起点のAIクローズドループ――推薦から自動注文までを本体アプリに留める設計――で勝負しています。同じAIでも、各社の遺伝子に沿って投下先が分かれている点が、今年の618の見どころでした。
「AIは商戦を救えなかった」という現実
ここで冷静に押さえておくべきは、AIが投入されたからといって消費そのものが盛り上がったわけではない、という点です。
AIは購買体験を滑らかにし、商品選びの摩擦を減らしました。しかし、消費者がそもそも財布の紐を緩めるかどうかは別の問題です。マクロでは、2026年1〜4月の消費財小売売上高の伸びは前年同期の4.7%から1.9%へと急減速しており、AIによる体験改善は、この需要そのものの弱さを覆い隠すには至りませんでした。AlibabaがAIを使って消費者の購買意欲を引き出そうとしたという構図自体が、需要が自然には伸びない現実の裏返しでもあります。
それでも、今年の618が持つ意味は小さくありません。値引きという外的なインセンティブが当局によって抑え込まれ、消費者も「需要が欲求を上回る(need over want)」慎重な買い方へ移った結果、プラットフォームは「いかに安く売るか」から「いかに賢く売るか」へと競争軸を移さざるを得なくなりました。レポートが指摘するとおり、競争の焦点は「価格戦」から「効率戦」「エコシステム戦」へとシフトしています。AIは需要を生む魔法ではありませんが、限られた需要をどう取りこむかを左右する基盤になりつつあります。
EC事業者が読み取るべき示唆
中国の618は、エージェンティックコマースの実装規模で世界の先端を走る実験場です。日本やグローバルのEC事業者にとっても、この商戦から読み取れる論点は三つあります。
第一に、値引き依存からの脱却が世界共通の課題になるという点です。中国では当局の圧力という強制力が働きましたが、薄利のセール集客に頼る構造の限界はどの市場でも共通しています。AIによる体験価値が、価格に代わる差別化要因として浮上しています。
第二に、AIが「検索の置き換え」として購買導線を再構築している点です。QwenがTaobaoの入口になったように、消費者がリストを手作業でたどる時代から、エージェントに相談して買う時代への移行が現実に始まっています。商品データやレビューがAIに正しく読み取られるかどうかが、露出を左右する局面が近づいています。
第三に、AIは需要を創出する魔法ではなく、需要を取りこむインフラだという冷静な認識です。体験改善は重要ですが、それ単体で売上が伸びるわけではない。AI投資の効果は、需要そのものの強弱と切り分けて評価する必要があります。
まとめ
2026年の618は、消費の踊り場とAIの台頭という二つの潮流が交差した商戦でした。値引きの祭りは静かに役目を終えつつあり、その空白をAIが埋めようとしています。次に注目すべきは、来週公表される今年の618の最終的な売上データと、そこに表れる「AIで買った人」の割合です。AIが商戦の主役になったのは確かですが、それが需要そのものを動かす力になるのかは、これからの数字が語ることになります。





