eMAG、AIショッピングアシスタント「iZi」の半年実績を発表:90万人が利用し関与売上1億レイ超
ルーマニアのEC最大手eMAGが自社開発のAIショッピングアシスタント「iZi」の半年実績を発表。90万人・関与売上1億レイの内訳と質問傾向、Rufus・Sparkyとの比較、数字の留保点からEC事業者への示唆を解説します。
この記事のポイント
- ルーマニアのEC最大手eMAGが、自社開発のAIショッピングアシスタント「iZi」の公開半年の実績を発表しました。利用者は90万人超、iZiが関与した売上は1億レイ(約1870万ユーロ)を超え、来訪者の6人に1人が利用しています
- 実在庫・価格・配送日に基づいて答え、カート投入まで案内する設計で、質問の4分の3は特定の商品について、推薦時は5〜7商品を提示するという、使われ方の内訳まで公開された珍しい事例です
- 一方で数字はすべて自社発表で、「関与売上」の定義や計測期間は未開示です。EC事業者は、導入前にKPIと帰属ルールを決めておくことの重要性を、この事例から読み取れます
eMAGがiZiの半年実績を発表、90万人が利用し関与売上は1億レイ超

eMAGは、地元の技術だけで開発された初のAIショッピングアシスタント「iZi」の半年間の実績を発表しました。公開からわずか半年で、iZiを通じた売上は1億レイを超え、90万人がプラットフォームでの買い物にアシスタントを利用しました。
business-review.eu90万人。ルーマニア、ハンガリー、ブルガリアでECを展開するeMAGが、AIショッピングアシスタント「iZi」を公開してから半年で積み上げた利用者数です。2026年10月22日付のBusiness Reviewによると、iZiが関与した売上は1億レイを超えました。欧州中央銀行の参照レート(2026年10月23日、1ユーロ=5.3492レイ、1ユーロ=175.51円)で換算すると、約1870万ユーロ、約33億円にあたります。
発表された数字はほかにもあります。半年間にeMAGを訪れた顧客の6人に1人がiZiと対話し、約40万人は買い物そのものをiZiから始めました。CEOのTudor Manea氏は、汎用のAIアシスタントとの違いを次のように説明しています。
汎用のAIアシスタントと違い、iZiは実際の在庫、価格、配送日をもとに動き、商品をカートに入れるところまで案内します。
iZiが正式に公開されたのは2026年3月25日です。Capital.roによれば、eMAGはこれを「ルーマニアで開発された初の会話型ショッピングエージェント」と位置づけ、約1年かけて開発しました。正式公開の前には約5万人を対象にソフトローンチ(限定公開)を行っています。
数字を分解すると見える「使われ方」
今回の発表で最も価値があるのは、利用者数や売上よりも、顧客がAIに何を聞いているかの内訳を出した点です。AIアシスタントの導入事例は数多くありますが、質問の中身や時間帯まで公開されることは多くありません。
まず質問の種類です。iZiへの質問の4分の3は特定の商品に関するもので、たとえば「この部品は自分の機種に合うか」「組み立ては難しいか」といった内容です。残りの4分の1が「〇〇のために何を買えばいいか」という相談型でした。質問は自然な話し言葉で、平均6〜7語と短めです。推薦を求められると、iZiは条件に合う商品を5〜7点選んで示します。
この比率は、5月時点の説明とは印象が異なります。eMAGは5月の決算発表で、iZiとのやり取りの60%は顧客が特定の商品を探すのではなく、ニーズや予算、用途を説明するものだと述べていました。半年後の発表では、特定商品の質問が4分の3を占めています。集計の定義が違うのか、利用者が広がるにつれて使われ方が変わったのかは説明されていません。ただ、少なくとも現時点では、iZiは「何を買うか決める相談役」よりも、商品ページを見ながら疑問を解消する店員に近い使われ方をしていると読めます。
時間帯にも特徴があります。利用のピークは夜20時から23時で、会話の6%は深夜0時から朝6時に行われています。実店舗の販売員がいない時間帯に、比較や確認の相談が集中しているということです。カテゴリーでは家電・ITが最多で、ホーム用品、自動車・スポーツ、日用品、ファッションが続きます。よく検索された商品には洗濯機・乾燥機、スマートフォン、防犯カメラ、オールシーズンタイヤ、サーモスタット、空気清浄機、エアフライヤーが並びます。いずれも仕様の比較が必要で、買い間違えると返品の手間が大きい商品です。
ソフトローンチ時の数字も参考になります。Capital.roの報道では、利用者は1回の会話で平均2.6回質問し、3人に1人が翌週にも戻ってきました。1セッションで閲覧される商品ページは5〜6件、チャットから直接注文に至った利用者は約5%でした。
「実在庫・価格・配送日」で答えることの意味
Manea氏が強調した「実在庫・価格・配送日」は、ChatGPTなどの汎用AIとの差別化の言葉です。汎用AIは商品知識を持っていても、その店にいま在庫があるか、明日届くかは答えられません。iZiは自社のカタログと在庫データに直結しているため、答えをそのまま購入行動につなげられます。
公開時のStartupCafeの報道によれば、iZiはeMAG上の品揃え、会話で示されたニーズ、外部のレビューサイトを含むウェブ上の情報の3つを組み合わせて推薦を作ります。自社データだけでは「どれが本当に良いか」の根拠が弱く、外部情報だけでは在庫の裏付けがありません。この2つをつなぐ設計が、カート投入までの案内を可能にしています。
ただし、iZiはまだ決済までは担っていません。eMAGは今後の機能として画像や音声による入力と、会話の中で支払いを完結させる機能を挙げています。親会社Prosusの見方も同じ方向です。同社のAI責任者Euro Beinat氏は2026年1月の予測記事で、消費者の50%が検索・比較・判断にAIショッピングアシスタントを使う一方、エージェントが端から端まで取引を完結させる割合はほぼ0%だと振り返りました。安全な決済の仕組みが未解決であることを理由に挙げています。iZiが「カートまで」で止めているのは、この現状に合わせた判断と読めます。
なぜ今、eMAGは自社開発に投資するのか
背景には、成長の鈍化とAIへの大型投資があります。StartupCafeによると、eMAGのルーマニアでの2025年の販売額は106億レイで、前年比3.9%増にとどまりました。親会社Prosusの決算を報じたProfit.roによれば、eMAGルーマニアの調整後EBITDAは2026年度に前年比23%減の6000万ドルでした。同社は2027年度(2026年4月〜2027年3月)に12億レイを投資し、そのうち約2億レイ(約4000万ユーロ)をAIに充てると発表しています。iZiはこの投資計画の柱の1つです。
自社開発へのこだわりも、発表から読み取れます。eMAGはiZiを「地元の技術だけで開発された初のAIショッピングアシスタント」と打ち出しました。自社の在庫・価格・配送のデータを持ち、ルーマニア語の会話に合わせて作り込むことは、AI経由の買い物の入口を外部のプラットフォームに委ねないという選択でもあります。
Rufus・Sparkyと並べると
海外大手の実績と比べると、iZiの規模感と、数字の定義の違いが見えてきます。
| 項目 | eMAG iZi | Amazon Rufus | Walmart Sparky |
|---|---|---|---|
| 公開 | 2026年3月(正式公開) | 2024年2月(ベータ) | 2025年6月 |
| 利用規模 | 半年で90万人超、来訪者の6人に1人 | 2025年に3億人超 | アプリ利用者の約半数 |
| 売上の指標 | 関与売上1億レイ超(半年) | 追加の年換算売上 約120億ドル(2025年) | 利用者の注文額が非利用者より約35%大きい |
| 数え方 | 未開示 | 対話後7日間の購入を帰属 | 利用者と非利用者の比較 |
| 購入までの範囲 | カート投入まで(会話内決済は予定) | Buy for Me・価格指定の自動購入あり | 作ったカゴを配送・店舗受け取りで実行 |
Amazonは2025年の第4四半期決算で、Rufusが2025年に約120億ドルの追加の年換算売上を生み、3億人超が利用したと示しました。Fortuneによると、Amazonは7日間の移動ウィンドウで、Rufusとの対話後に起きた購入を数えています。Walmartは、Sparkyを使う顧客の注文額が使わない顧客より約35%大きく、アプリ利用者の約半数がSparkyを使ったと説明しています。
3社の数字は、同じ物差しで測られていません。Amazonは「AIがなければ起きなかった追加の売上」という考え方で、Walmartは利用者と非利用者の注文額の差、eMAGは「iZiが関与した売上」です。規模の大小よりも、何を数えたかの違いに注意が必要です。
数字をどう読むべきか
ここまでの数字は、すべてeMAGの自社発表です。第三者による検証はなく、読む際にはいくつかの留保が必要です。
最大の論点は「関与売上」の定義です。英語の発表では「iZiが仲介した売上(sales facilitated by iZi)」「iZiが支援した売上(iZi-assisted sales)」と表現されていますが、iZiとの対話後どれだけの期間の購入を数えるのか、カートに入れた商品だけか、同じ訪問中の別の購入も含むのかは未開示です。Amazonのように「追加分」だけを数えているのかも示されていません。AIアシスタントを自ら開く顧客は、もともと購入意欲が高い層です。iZiがなくても買っていた売上が、関与売上に含まれている可能性は否定できません。
規模感も冷静に見る必要があります。期間が違うため単純比較はできませんが、半年間の関与売上1億レイは、2025年のルーマニアでの年間販売額106億レイの1%弱です。来訪者の6人に1人という利用率は高い一方で、売上全体への影響はまだ限定的です。また、Manea氏が触れた「商品の定着率」が返品の少なさを指すのかどうか、その数値も明らかにされていません。iZi経由の購入の転換率や客単価も公表されていないため、利用者数と売上以外の効果は判断できません。
EC事業者が持ち帰れる示唆
eMAGの事例から得られる示唆は、AIアシスタントを「入れるかどうか」よりも、入れた後に何を測るかにあります。
1つ目は、質問の中身を分類して見ることです。iZiでは4分の3が特定商品への質問でした。これは商品ページの情報が足りていない、または探しにくいことの裏返しでもあります。適合性や組み立ての難しさといった質問の多い項目は、商品ページの改善や、AIに読ませる商品データの拡充にそのまま使えます。
2つ目は、AIの回答を在庫・価格・配送のデータにつなぐことです。自社サイトのアシスタントが汎用AIより優れていられる理由は、この「いま買えるか」の情報を持っている点にしかありません。商品データが古いままAIを載せると、強みがそのまま弱みに変わります。
3つ目は、導入前に帰属のルールを決めておくことです。対話から何日以内の購入を数えるか、追加分と全体をどう分けるか。eMAG、Amazon、Walmartの数字が比べにくいのは、この定義が揃っていないからです。社内で効果を説明するためにも、利用者と非利用者を比べる対照群の設計を最初から組み込んでおくべきです。
夜のピークや推薦数5〜7点といった数字も、自社の設計を考える材料になります。人の接客が手薄な時間帯にこそ需要があり、選択肢は多すぎず少なすぎない数に絞る。こうした運用の細部が、使われるアシスタントと使われないアシスタントを分けます。
まとめ
iZiの半年実績は、地域のEC事業者でも自社開発のAIアシスタントで一定の利用規模を作れることを示しました。その一方で、関与売上の定義が開示されていない以上、1億レイという数字がどれだけの「追加の売上」なのかはまだわかりません。
次の焦点は、eMAGが予告している会話内での決済機能です。カート投入で止まっている現在の設計から、支払いまで会話で完結させたとき、転換率や返品率がどう変わるのか。そのときに定義の揃った数字が出てくるかどうかが、会話型コマースの効果を測る試金石になります。


