2026年6月29日

ExpediaがExplore 2026でAIを「成長エンジン」と宣言──Partner Centralエージェント・B2B AIツールキット・MCPサーバーの全貌

この記事のポイント

  1. Expediaは年次パートナー会議Explore 2026で、AIを実験段階の技術ではなく「成長エンジン」と明確に位置づけ、Partner Centralの3エージェント、B2B AIツールキット、MCPサーバーなどを発表した
  2. 同社の調査では旅行者の約7割が予約はAIではなく信頼できるブランドに頼ると回答しており、Expediaは「信頼」を戦略の土台に据えてエージェンティックな旅行体験へ舵を切っている
  3. 旅行・EC事業者にとっての示唆は、コンテンツ品質とMCP接続が「AIに発見される条件」になりつつあること。AIに読まれない在庫は存在しないのと同じになる

ExpediaがAIを「成長エンジン」と言い切った理由

ラスベガスで開催されたExpedia Groupの年次パートナー会議「Explore 2026」で、同社は業界に向けて一つのメッセージを明確に打ち出しました。AIはもう未来の構想ではなく、パートナーやマーケター、旅行者の成長を後押しする現実の道具になった、というものです。2日間にわたるイベントでは、旅のひらめきから計画、予約、運用、トラブル対応、マーケティングに至るまで、旅行体験の連鎖全体にAIが入り込んでいる様子が示されました。

注目すべきは、Expediaが従来のように「AIを機能として追加する」立場を取らなかった点です。同社はAIをインフラとして位置づけました。賢い意思決定、パートナーの迅速な行動、整ったコンテンツ、精度の高いパーソナライズ、そして自信を持った予約を支える土台にする、という発想です。エージェンティックコマースの波が、ついに旅行というもっとも高単価で複雑な領域にも本格的に到達したことを、この会議は象徴していました。

なぜ今このタイミングなのか。背景には、旅行者の行動がすでにAI起点へ移りつつあるという現実があります。ChatGPTやPerplexityに「3泊4日で混まない絶景を」と尋ね、返ってきた行程をそのまま実行する。こうした使い方が一般化するなか、OTA(オンライン旅行代理店)大手が「発見の入口」を押さえ続けるには、自らがエージェンティックな体験の中心に立つしかありません。Explore 2026は、その布石を一気に並べた場でした。

トラストギャップという壁、「計画はAI、予約は人間」

Explore 2026を貫いた最大のテーマは、機能の派手さではなく「信頼(trust)」でした。Expediaが会議に合わせて公表した調査は、この戦略の出発点を数字で裏づけています。

Expediaのトラストギャップ調査は、米英印の成人5,700人超を対象に2026年3月に実施されました。明らかになったのは、計画と予約のあいだに横たわる深い溝です。AIに旅の選択肢を提案させることに抵抗がない人は53%、価格監視への利用は42%、行程づくりへの利用は40%と、計画段階での受容は進んでいます。ところが予約となると景色が一変します。68%が予約ではAIチャットボットより信頼できる旅行ブランドを選ぶと答え、66%は「AIに勝手に予約させること自体を信用しない」と回答しました。AI経由の予約に抵抗がない人は、わずか8%にとどまります。

旅行者が懸念するのは技術の優劣ではありません。コントロールを失うこと(57%)、決済やデータのプライバシー(57%)、個人情報の悪用(56%)、そして何かあったときのサポートの薄さ(40%)です。Expediaの最高AI・データ責任者であるXavi Amatriain氏は、この構図を一言でまとめています。

旅行者はAIに技術的な問題を感じているのではない。信頼の問題を感じているのだ。

ここにExpediaの勝ち筋があります。旅は決済も個人情報もトラブル対応も伴う、後戻りのきかない買い物です。だからこそ、もっとも賢いチャットボットが勝つのではなく、知性と説明責任を両立できるプラットフォームが勝つ。CEOのAriane Gorin氏が「この瞬間は、より賢くなることではなく、より信頼されることだ」と述べたのは、まさにこの認識の表れです。AIで発見と意思決定を磨きつつ、予約の安心感は確立されたブランドが担保する。この二段構えこそ、OTAがエージェンティック時代に持つ最大の武器になります。

Partner Centralの3エージェントが変える宿泊運用

発表のなかで旅行・宿泊事業者に最も直接効くのが、パートナー向け管理画面Partner Centralに組み込まれる3つのAIエージェントです。最高プロダクト責任者のShilpa Ranganathan氏が基調講演で披露したこれらは、いずれも「パートナーがより速く動き、より良い判断を下す」ことを狙っています。

中核となるのがPartner Companionです。パフォーマンスの問題や商機をAIが検知し、対処を早められるよう支援します。次のContent Agentは、旅行者が予約前に必要とする情報の欠落を自動で見つけ、掲載内容を強化します。3つ目のAutonomous Distributionは、信頼できるソースからリスティングを事前入力し、新規物件のオンボーディングを高速化する仕組みです。3つを並べて羅列するのは本意ではないので、ここで強調したいのは設計思想のほうです。検知・補完・登録という運用上のボトルネックを、人手ではなくエージェントが先回りして潰す。これがPartner Centralの一貫したコンセプトになっています。

なぜこれが収益に直結するのか。Content Agentが示すのは、コンテンツ品質が直接の収益要因になったという業界の構造変化です。旅行者が予約に踏み切るには、鮮明な写真、正確な設備情報、周辺環境の説明、ポリシー、信頼できるレビューが欠かせません。そして見落とされがちなのが、AIシステムもまた、どの物件を推薦すべきかを理解するために、構造化され関連性が高く欠落のないコンテンツを必要とするという点です。コンテンツが貧弱な物件は、人間の信頼を損なうと同時に、AIからの発見可能性も失う。二重に不利になるわけです。旅行・宿泊事業者にとって、コンテンツはもはやマーケティングの一要素ではなく、マーケットプレイスのインフラそのものになりました。

B2B AIツールキットとMCPサーバーが「埋め込み旅行」を加速する

Expediaがもう一つ強く打ち出したのが、B2B領域のAIツールキットと新プラットフォームです。中核に据えられたのがIntelligent Experience Platform(インテリジェント・エクスペリエンス・プラットフォーム)と呼ばれる、ブランド独自の旅行体験を素早く立ち上げるための「組み合わせ可能な(composable)」AI部品群です。

そのなかで、エージェンティックコマースの観点からとりわけ重要なのがB2B向けのMCP(Model Context Protocol)サーバーです。MCPは、AIエージェントが外部のシステムやデータと接続するための技術標準で、ボットが構造化された経路を通じて業務データに到達することを可能にします。Expediaのケースでは、パートナーのAIエージェントがこのMCPサーバー経由で同社の旅行在庫へ直接つながる。つまり、外部のAIアシスタントが航空券やホテル、レンタカーをExpediaの在庫から自律的に手配できる土台が整いつつあるということです。ShopifyやStripeがエージェント決済の標準を整備してきた動きと同じものが、旅行流通でも始まっています。

その規模感は数字に表れています。Expedia Group B2Bの発表によれば、同社はすでに75,000のパートナーと200,000の旅行アドバイザーにサービスを提供し、プラットフォームは1日あたり210億回のAPIコールを処理しています。B2B・最高商業責任者のAlfonso Paredes氏は「一つの接続で、パートナーはより完全な旅行体験を、より少ない複雑さで構築できる」と述べました。銀行、小売、ロイヤルティプラットフォーム、フィンテックといった「旅行を本業としない」事業者が、ゼロから旅行インフラを組まずに自社の顧客体験へ旅行を埋め込めるようになる。この埋め込み旅行(embedded travel)の裾野拡大こそ、ツールキットが狙う成長領域です。

なお同社はこの戦略を補強するため、地上交通を担うアイルランドのCarTrawler買収で合意し、先行してアムステルダムの体験予約プラットフォームTiqetsも取得済みです。宿泊中心だったRapid APIを、レンタカー・航空券・アクティビティ・旅行保険まで広げ、「コネクテッド・トリップ(一連の旅をまとめて提供する体験)」を完成させる布石が並びました。

旅行者の体験とマーケティングはB2Aへ

旅行者側の体験にも、AIはすでに入り込んでいます。トラブル対応のVirtual Agent、ホテルや周辺情報に答えるProperty Expert、選択肢を比較するAI Compare、漠然としたアイデアを現実的な行程に変えるActivity Planner。これらは「ホテルを比べきれない」「立地の違いが分からない」「変更時にすぐ助けてほしい」といった、旅行者が抱える具体的な痛点を狙っています。よく情報を得た旅行者ほど迷いが減り、予約への転換率も高まる。事業者側のメリットは、ここにあります。

マーケティングの文脈では、Expediaは新しい局面を名指ししました。B2A(business-to-agent)、すなわちAIエージェントに向けた発見の時代です。従来のSEOが「人間の検索」に最適化する技術だったのに対し、これからはAIの計画支援画面に自社の在庫が現れるかどうかが問われます。同社はOpenAI Adsとの連携やMetaを通じたTrip Matching、そしてTravel Media Networkの強化を発表しました。これらが意味するのは、発見可能性が「AIシステムが自社のオファーをどれだけ正確に理解・照合・提示できるか」に左右されるようになる、ということです。構造化されていないコンテンツは、人間の検索結果でもAIの推薦でも沈みます。

旅行・EC事業者がいま取るべき構え

ここまでの発表を、自社の業務に引き寄せて考えてみます。Expediaの動きは、旅行に閉じない普遍的な示唆を含んでいます。

第一に、コンテンツの構造化が可視性の生命線になりました。写真・設備・ポリシー・在庫といった情報を、人間にもAIにも読める形で整える。これを怠ると、AIの回答候補からそっくり抜け落ちます。第二に、MCP接続への対応が新たな流通チャネルになります。自社の在庫や商品がAIエージェントから機械的に到達可能か。この問いは、旅行に限らずあらゆるECに共通する論点です。第三に、信頼の設計を後回しにしないこと。Expediaが責任あるAIカウンシルで高リスクなAI展開を審査するのは、ガバナンスが倫理であると同時に商業的要件だからです。安全・説明可能・信頼できるAIだけが、最終的な予約や決済を任されます。

これらは「いつか対応すべき課題」ではありません。トラストギャップ調査が示すとおり、旅行者はすでに計画でAIを使い始めています。発見の入口がAIへ移った以上、AIに読まれ、選ばれ、安心して任される状態をどれだけ早く整えられるかが、競争の分水嶺になります。

まとめ

Explore 2026でExpediaが示したのは、派手な新機能の披露ではなく、AIを成長の土台として組み込み直す静かな再定義でした。Partner Centralのエージェント、B2B AIツールキットとMCPサーバー、そして信頼を軸にした旅行者向け技術。これらはいずれも、エージェンティックコマースが旅行領域で本格化する号砲です。次に注目すべきは、外部AIエージェントがMCP経由でどこまで自律的に予約まで踏み込むか、そして旅行者の「予約はまだ人間」という壁がどこで動き始めるか。その境界線の移動こそ、これからの旅行・ECの主戦場になります。