この記事のポイント
- Booking Holdings傘下の旅行メタサーチKAYAKが、チャットで旅行を計画しながら同じ画面の検索結果がリアルタイムに更新される会話型ツール「Ask AI」を公開しました
- 月間10万件を超えるAI会話データから「AIは計画の入り口では有効だが、決定段階では従来の検索と比較機能に戻る」という行動が判明し、チャットで検索を置き換えるのではなく併走させる設計に行き着きました
- 会話型AIを予約の入り口にする競争が加速するなか、ライブの在庫・価格に接地した提案だけが信頼されるという知見は、旅行・EC事業者がAI接客を設計する際の実践的な指針になります
チャットの横で検索結果が動き続ける「Ask AI」

KAYAK: How behavioral data from 100,000+ monthly AI conversations shaped Ask AI, which combines conversational planning with live search
www.cxtoday.com旅行メタサーチ大手のKAYAKが、会話型の旅行計画ツール「Ask AI」を2026年4月23日に発表しました。旅行者が話し言葉で希望を伝えると、チャットが進むのと並行して、同じ画面上のフライト・ホテル・レンタカーの検索結果がリアルタイムに更新されていきます。別ページへのリダイレクトも、条件を変えるたびの検索やり直しも発生しません。
公開のタイミングには、北米3カ国で開催中のワールドカップが重なっています。KAYAKのデータでは、米国の開催都市へのフライト検索は前年比で23%増となり、カンザスシティに至っては168%増と突出しました。ホテル価格も米国で36%、カナダで55%、メキシコでは119%上昇しており、複数都市をまたぐ複雑な旅程を組む需要が急増しています。スタジアム近くのホテルを探し、開催都市間のフライトを比べ、レンタカーまで含めた旅程を一つの会話の中で組み立てられる。Ask AIはこの複雑さに対する回答として投入されました。
月間10万件の会話が示した「チャットと検索の断絶」
Ask AIの設計は、思いつきの機能追加ではありません。出発点にあるのは、KAYAKが2025年10月に投入した自然言語検索「AI Mode」から得た行動データです。AI ModeはChatGPTとKAYAKの旅行データを組み合わせた検索体験で、社内実験場である「KAYAK.ai」から本体サイトに昇格した最初の機能でした。検索ボックスに「200ドル以下でパリの家族向けホテル」と打ち込むだけで、数百の提供事業者から実際に予約できる候補が返ってきます。
この運用から、はっきりしたパターンが浮かび上がりました。Chief Product OfficerのMatthias Keller氏によれば、月間10万件を超えるAI会話を分析したところ、AIは旅の輪郭がまだ固まっていない探索の初期段階で特に役立つ一方、旅行者はAIが返す数件の提案だけでは意思決定に進まないことがわかったといいます。行き先や日付が曖昧な段階では会話で旅を形づくり、いざ比較して決める段階になると、慣れ親しんだ検索結果一覧とフィルターに戻っていく。会話型の入り口と従来型の検索が、旅行者の中で分断されたまま使われていたのです。
KAYAKはこの断絶を、コンテンツの不足ではなくユーザー体験の問題だと結論づけました。インスピレーションと予約の間にあるギャップを埋めるには、チャットをやめるのでも検索を捨てるのでもなく、両者を同じ画面で協調させる必要がある。Keller氏はCX Todayのインタビューでこう言い切っています。
正しいモデルは、検索の代わりにチャットを置くことではない。チャットが検索と並んで機能することだ。
AI旅行ツールの多くが従来の検索・フィルター体験の「置き換え」を掲げてきたことを考えると、これは業界へのはっきりした異議申し立てでもあります。自社の利用データに裏づけられた主張として、置き換え路線は旅行者が本当に助けを必要としている場所を読み違えている、というのがKAYAKの立場です。
数件のおすすめでは人は予約しない 信頼の設計
会話型インターフェースが旅行で越えなければならないのが、信頼の壁です。フライトやホテルの予約には実際のお金と、失敗できない予定が懸かっています。チャットボットが文脈の見えない数件の候補を返すだけでは、旅行者にとってそれを選ぶことは信頼の飛躍になってしまいます。
Ask AIの答えは、AIの提案をキュレーションされたおすすめではなく、ライブで予約可能な検索結果に接地させることでした。チャットで条件を伝え直すたびに、同一画面の結果一覧が即座に更新される。旅行者は会話の手軽さを享受しながら、価格・時間帯・キャンセルポリシーを従来どおりの透明性で見比べられます。
夏の検索需要が立ち上がる時期に公開をぶつけたのも、旅行者の行動変化を読んだ判断です。Keller氏によれば、最近の旅行者は決定までに時間をかけ、価格を細かく追跡し、キャンセルポリシーを計画の早い段階から精査するようになっています。条件を少しずつ調整しながら何度も検討し直す反復的な行動に対して、毎回検索をやり直させる従来のUIは摩擦が大きすぎました。Ask AIはこの反復そのものを前提に設計されています。
メタサーチの進化か、置き換えか
Ask AIは単発の機能なのか、それとも構造的な転換の始まりなのか。Keller氏の答えは「両方」です。旅行者が今日使える機能であると同時に、旅行検索が長期的に向かう先を示すシグナルでもある。体験は今後さらに会話的でパーソナライズされたものになっていくが、それはメタサーチの進化であって、予約時に旅行者が信頼する中核ツールの置き換えではないという位置づけです。
この慎重な路線は、親会社Booking Holdingsの動きと重ねると輪郭がはっきりします。KAYAKは実験場のKAYAK.aiで先端機能を試し、成熟したものから本体に取り込む段階的な展開を採ってきました。ChatGPT上にアプリを出したExpediaやBooking.comと異なり、会話体験を自社サイト側に埋め込むことで、消費者の行動データへの直接アクセスを手放さない構えです。さらにBooking Holdingsは、KAYAK共同創業者のSteve Hafner氏とPaul English氏による会話型AIの新事業「Lola」も準備しており、グループとして会話を旅行取引の入り口にする布石を重ねています。
メタサーチ各社の競争も同じ方向に収斂しつつあります。Skyscannerが自然言語で行き先を探す機能をベータ展開するなど、「検索して比較する場所」だった業態が、会話から計画・予約までを引き受ける方向へ一斉に動き出しました。そのなかでKAYAKの発表が際立つのは、機能の派手さではなく、10万件の会話データから導いた設計原則を明示した点にあります。
旅行や予約ビジネスに携わる事業者にとって、ここから読み取れる示唆は具体的です。会話の裏側で実際に動いているのはライブの検索であり、AIの提案面に載るかどうかは、在庫と価格がリアルタイムに機械可読な形で供給されているかに懸かっています。もう一つは、AI接客の設計論です。チャットだけで完結させようとするより、既存の比較UIと併走させるほうが意思決定まで届くという行動データの教訓は、旅行に限らず、AIに取引の入り口を委ねようとするあらゆる事業者に当てはまります。
まとめ
KAYAKのAsk AIは、会話型AIと従来型検索を同一画面で協調させるという、シンプルながら行動データに裏打ちされた設計を打ち出しました。月間10万件の会話が示したのは、AIが得意なのは探索の入り口であり、意思決定には比較の透明性が不可欠だという事実です。「チャットは検索を置き換えない。並んで機能する」というKeller氏の原則は、置き換え路線が先行しがちなAI旅行ツールの競争に、実データに基づく対案を示しています。会話が取引の入り口になる流れは止まりませんが、その会話が信頼されるかどうかは、裏側でライブの在庫・価格にどれだけ正確に接地しているかで決まります。予約や取引を担う事業者が備えるべき論点も、まさにそこにあります。





