この記事のポイント
- Visa B2AI調査で米国企業の53%がAIエージェント同士の価格交渉を許容、88%が在庫・価格データの共有に前向き
- 消費者側は価格比較(58%)には寛容だが自律購入(38%)には消極的で、企業との温度差が鮮明
- 銀行系・決済ネットワーク系AIへの信頼が独立系の約1.3倍 ── 信頼の設計がEC事業者の対応戦略を左右
Visa「B2AI」レポートが突きつける企業と消費者の温度差

AI-to-AI commerce looks poised to scale, with more than half of US businesses willing to allow agents to negotiate prices and terms directly with other agents on their behalf, according to a survey from Visa.
www.finextra.com2026年4月2日、Visaは調査会社Morning Consultと共同で実施した「Business-to-AI(B2AI)」レポートを公表しました。米国の消費者2,000人と企業の意思決定者512人を対象に2026年1月29日から2月6日にかけて行われた調査で、AIエージェントが「顧客」として商取引に参加する時代への備えを問う内容です。
結論から言えば、企業側は積極的、消費者側は慎重。両者の認識ギャップこそが、エージェンティックコマース普及のボトルネックであることをデータが示しています。
企業の過半数が「AI対AI」交渉を容認する背景
調査で最も注目すべき数字は、米国企業の53%がAIエージェント同士による価格・条件交渉を認めると回答した点です。さらに88%が自社の価格・在庫データをエンタープライズAIシステムに提供する意向を示し、71%はAIエージェント向けに商品・オファー・体験を最適化すると答えています。
77%がすでにAIを業務に導入もしくは試験運用しているという事実が、この積極姿勢を裏付けています。AIエージェントとの取引は「遠い将来の話」ではなく、既存のAI活用の延長線上に位置づけられているわけです。55%が「B2AI」という概念自体をすでに認知しているという回答も、企業側の準備状況の高さを物語っています。

The two payments giants are competitors, but Visa and Mastercard have common allies in their agentic commerce aspirations.
www.digitalcommerce360.comVisaのチーフ・プロダクト&ストラテジー・オフィサーであるJack Forestell氏はDigital Commerce 360の取材に対し、「90年代後半から2000年代初頭のeコマース黎明期以来、これほどの変化は見たことがない」と語っています。McKinsey & Companyが2030年までに米国だけで1兆ドル規模のAIエージェント主導取引を予測している中、決済インフラ側のこうした危機感は当然のことでしょう。
消費者が引く「見えない境界線」
一方、消費者の反応はグラデーションを描いています。AIに価格比較を任せることには58%が抵抗を感じず、割引適用も55%が許容範囲としました。ところが「AIに購入を完了させる」となると38%に急落し、60%は「事前承認なしでAIエージェントに1ドルたりとも使わせない」と回答しています。
この段階的な信頼低下は、消費者が「情報収集」と「支出決定」を明確に区別していることを示しています。比較や推薦は歓迎するが、財布の紐はAIに渡さない。Visa CMOのFrank Cooper III氏が「コマースは"マーケット対人間"から"マーケット対マシン"に移行する」と述べる一方で、消費者はまだその移行の途上にいます。
興味深いのは世代間の差異です。Gen Zの48%が決済ネットワーク系AIを信頼すると回答しているのに対し、ベビーブーマーはわずか20%。Gen ZとミレニアルのAIショッピングアシスタント利用者のうち約半数は、AI推薦がなければ購入しなかった商品を買ったと報告しています。AIアシスタント経由の「計画外購入」は全体でも約40%に達しており、エージェントが購買行動をすでに変えている実態が浮かび上がります。
信頼は「誰が運営するか」で決まる
消費者がどのAIを信頼するかについて、調査は明確なヒエラルキーを浮き彫りにしました。銀行が運営するAIシステムへの信頼が36%、決済ネットワーク(VisaやMastercard)が提供するAIが35%。対して独立系AIエージェントは28%にとどまります。
この7〜8ポイントの差は、エージェンティックコマースの普及において「誰がエージェントの信頼性を担保するか」が決定的に重要であることを意味します。VisaがIntelligent Commerce構想のもとでTrusted Agent Protocol(TAP)を推進し、MastercardがAgent Payで対抗する構図は、まさにこの「信頼インフラ」の争奪戦です。Visaはすでに世界100社以上のパートナーと連携し、30社以上がVICサンドボックスで開発を進め、AkamaiやAWS、Stripeといった大手との提携も発表しています。
EC事業者への影響
この調査結果は、EC事業者に対して3つの実務的な示唆を提示しています。
まず、AIエージェント向けのデータ整備が急務です。企業の88%が価格・在庫データの共有に前向きであるということは、自社がデータを整備しなければ競合に先を越されることを意味します。商品データの構造化、APIによるリアルタイム在庫・価格情報の提供が、エージェントに「選ばれる店」になるための前提条件となります。
次に、消費者向けには段階的な信頼構築設計が求められます。価格比較や割引適用はエージェントに任せつつ、最終的な購入承認は消費者に残すハイブリッド型のフローが当面の最適解です。60%が「承認なし支出」を拒否している以上、人間によるオーバーライド機能なしにエージェント決済を導入するのは時期尚早でしょう。
そして、Visa・Mastercard双方のエージェント決済規格への対応準備です。両社ともトークン化と暗号学的認証を基盤としており、どちらか一方だけに賭けるリスクは高い。トークン化インフラの整備を今から段階的に進めることが実務上の優先事項です。
まとめ
Visa B2AIレポートが描く構図は明快です。企業はAIエージェントとの取引を「すでに検討中」の段階にあり、消費者は「条件付きなら」という慎重なスタンスを崩していません。このギャップを埋めるのは技術ではなく信頼の設計であり、銀行・決済ネットワーク系への信頼度の高さが示すとおり、「誰がエージェントの身元を保証するか」が普及速度を左右します。
今後注目すべきは、2026年ホリデーシーズンまでに数百万人規模のエージェント決済利用をVisaが実現できるかどうか、そしてMastercardとの標準規格競争がどう決着するかです。EC事業者は消費者の「見えない境界線」を尊重しながら、エージェント対応のデータ基盤と段階的な信頼構築を同時に進める必要があります。




