お問い合わせ
決済2026年10月16日

GlanceがPayPalのネイティブ決済を導入、AIショッピングアプリで発見から購入まで完結へ

InMobi系のAIショッピング基盤GlanceがPayPalのエージェンティックコマースサービスを統合。アプリ内決済の仕組み、未開示の条件、Mastercardなど他社との位置関係、PayPal加盟店が参加する方法をEC事業者向けに解説します。

GlanceがPayPalのネイティブ決済を導入、AIショッピングアプリで発見から購入まで完結へ

この記事のポイント

  1. InMobi系のAIショッピング基盤Glanceが、PayPalのエージェンティックコマースサービスを組み込み、アプリ内で商品の発見から試着イメージ、カート、決済までを離脱なしで完結できるようにしました。アプリ内のネイティブ決済を担うのはPayPalだけです
  2. 6月のSamsungテレビ連携の時点でGlanceのCEOは「テレビで支払うのは難しく、スマホが要る」と語っていました。今回の統合は、発見に強いGlanceに欠けていた「支払い」の部品を、決済事業者のレイヤーで埋めた動きと読めます
  3. PayPal加盟店であれば自動的にGlanceに並ぶわけではなく、paypal.aiからの申し込みが入口です。手数料・参加加盟店・提供開始時期・テレビでの決済可否は未開示で、利用規模の実態も含めて見極めが要ります

GlanceのアプリにPayPalのネイティブ決済が入った

2026年10月15日、GlanceとPayPalはエージェンティックコマース統合を発表しました。対象は米国の「数千万人の消費者」です。Glanceの利用者は、商品を見つけて自分の姿で可視化し、カートを組み、PayPalで支払うところまでを別のサイトへ移動せずに終えられるようになります。

Glanceは、1枚の写真から本人のAIアバターを作って服を試着したように見せる機能を売りにしてきました。発表文によると、購入の段階で利用者はPayPalを使い、リダイレクトなしで決済できます。さらに「Glanceでアプリ内のネイティブチェックアウトを提供する唯一のパートナー」がPayPalだと明記されています。

配布面の数字も添えられています。Glanceは携帯キャリアや端末メーカーを通じてスマホにプリインストールされ、Samsung、Motorola、DirecTV、GoogleのAndroid TV、そして米国上位3社のうち2社の携帯キャリアとの関係により、6,000万台を超えるモバイル端末とCTV(ネット接続テレビ)に組み込まれているといいます。WWD(Sourcing Journal)も同じ数字を伝えています。

何がどう動くのか:PayPalの「2つの部品」から読む

発表文の説明は抽象的ですが、使われている言葉をPayPalが2025年10月に始めたエージェンティックコマースサービスの構成と突き合わせると、仕組みの輪郭が見えてきます。サービスは2つの部品でできています。

ひとつはStore Syncです。加盟店の商品データをAIの買い物の場で見つかる状態にし、注文を加盟店の既存の受注・配送の仕組みへ流し込みます。PayPalの開発者向け資料では、AIが店舗につながって商品探し、カート管理、購入完了までを行う役割と説明されています。今回の発表にある「在庫や価格などのリアルタイムの商品情報」「カート」は、この部品が受け持つ領域と重なります。

もうひとつがAgent Readyで、AIの画面で起きた購入の支払いを受ける部品です。10月13日更新のAgent Readyの資料では、ChatGPT向けにOpenAIのACP(Agentic Commerce Protocol)、Google AI ModeとGemini向けにGoogleのUCP(Universal Commerce Protocol)に対応すると整理されています。プロトコルごとに個別開発せず、1つの統合で複数のAIの画面につながるというのが、PayPalの一貫した売り文句です。

発表文にある要素を消費者側の順に並べると、Glanceが商品を提案して利用者の姿で可視化し、在庫と価格はリアルタイムの商品データで示され、カートに入れた商品はアプリ内のPayPal決済で購入される、という流れです。発表文が強調する「顧客との関係を保ったまま取引を完了できる」は、2025年の発表でいう「加盟店がマーチャント・オブ・レコード(取引の名義上の売り手)であり続ける」設計を指しています。

ただし、今回の統合でStore SyncとAgent Readyのどちらを、どの範囲で使っているのかは発表文に書かれていません。開示の有無を整理すると次の通りです。

項目発表で示された内容
対象地域米国
対象の規模米国の数千万人の消費者(Glanceの組み込みはモバイルとCTVで6,000万台超)
決済の形Glanceのアプリ内でPayPalによるネイティブ決済。リダイレクトなし
決済パートナーアプリ内ネイティブ決済はPayPalのみ
商品データ在庫や価格などのリアルタイムの商品情報
加盟店の参加方法paypal.aiから申し込み
使うPayPalの部品(Store Sync・Agent Ready)未開示
加盟店・ブランドの顔ぶれ未開示
手数料・送客の対価未開示
提供開始の時期・段階未開示
テレビ(CTV)上での決済未開示

手数料が開示されていない点は、EC事業者にとって重い空白です。Glance側が送客の対価を取るのか、PayPalの通常の決済手数料だけで済むのか、現時点で判断できる材料はありません。

6月に残っていた「支払い」の穴

今回の発表は、6月のSamsungとの連携と並べると意味がはっきりします。Samsungのスマートテレビに買い物体験を載せた際、GlanceとInMobiのCEOであるNaveen Tewari氏はForbesの取材で、支払いには別の端末が必要だと認めていました。テレビから払うのは難しく、取引を終えるにはスマホを使うことになる、という説明です。

つまりGlanceは、発見の入口を次々に増やす一方で、最後の支払いを自前で持っていませんでした。9月30日にはiPhoneのSiri AIから呼び出せる体験も発表しており、入口はロック画面、テレビ、音声アシスタントへと広がっています。今回のPayPal統合は、その入口の先に決済という出口を据えた動きです。

一方で、発表文が描く決済の場面は「スマホのアプリ内」です。テレビ上でPayPal決済まで完結するのか、従来どおりスマホへ引き継ぐのかは触れられていません。「CTVを含む6,000万台」と「アプリ内のネイティブ決済」は、同じ文脈で語られていても別の話として読む必要があります。

エージェント決済の地図のどこにいるのか

AIエージェントの買い物を誰の決済で終えるかは、この1年で各社の主導権争いになりました。PayPalにとってGlanceは、6月に英国のファッション検索アプリHey Saviで実現したアプリ内ネイティブ決済の米国版にあたります。ChatGPTやGeminiのような汎用AIだけでなく、特定の買い物体験に特化した専門エージェントにも決済レイヤーとして入り込む、という戦い方です。

この方向が重みを持つのは、AIプラットフォーム自身が決済を抱え込む流れが揺らいでいるからです。Bernsteinの9月のレポートを伝えた記事は、OpenAIがInstant Checkoutを取りやめ、Googleも決済の支配より基盤と標準づくりに力を入れていると整理しています。AIの画面の持ち主が決済を手放すなら、その空いた位置を埋めるのはPayPalやStripe、カードネットワークといった決済側の事業者です。

Glanceが決済を1社に絞り切ったわけではない点にも注意が要ります。Mastercardが9月に発表したAgent Connectでは、利用を見込む企業としてSamsungやTrip.comと並んでGlanceの名前が挙がっています。Agent Connectは加盟店の商品情報の発見からカート、決済までを1つの統合でつなぐ仕組みで、PayPalの売り文句とほぼ同じ領域を狙っています。「1つの統合で多くのAIへ」を掲げる事業者が複数並び、エージェント側も複数とつながりうる構図です。

留保:利用規模と体験の質

推進側の数字は、そのまま利用規模を意味しません。「6,000万台に組み込み」は配布の到達範囲であり、そこから何人がGlanceで実際に買い物をしているかは開示されていません。前出のBernsteinは、エージェント経由の取引はEC全体の1%未満にとどまり、AIエージェントに支払いを任せられると答えた消費者は23%だというVisaの調査も引いています。

体験の質にも見るべき論点があります。Glanceはもともとロック画面にコンテンツを出す仕組みとして広がりました。2024年に米国で試験導入が始まった際、9to5Googleは、他国では広告を出していること、無効化はできても削除できるかは不明なことを指摘しています。利用者が自分で選んで入れたわけではない画面から購入まで進める設計は、便利さと押しつけがましさの境目にあります。購入転換の数字が出てくるまでは、慎重に見るのが妥当です。

EC事業者にとっての意味

まず押さえたいのは、PayPal加盟店なら何もしなくてもGlanceに並ぶ、という話ではないことです。発表文は、Glanceに商品を載せたい加盟店にpaypal.aiから始めるよう案内しています。開発者向け資料も、エージェンティックコマースサービスの利用にはフォームで申し込み、PayPalの担当チームによる導入支援を受ける流れだと説明しています。Store Syncの接続先としては、Wix、Commerce(BigCommerceとFeedonomics)、Shopwareが挙がっています。

2025年の発表でAgent Readyは「追加の技術的な負担なし」とうたわれていました。ところが現在の資料を見ると、ChatGPT向けはBraintree経由のトークン処理、Google向けはGoogle Payの決済処理をBraintreeかPayPalの注文APIで受ける構成で、統合の種類に応じた実装が前提です。PayPalを使っていることと、AIの画面で売れることの間には、まだ申し込みと設定の段差があります。

もうひとつは、Glanceが扱う商品の性格です。写真から試着イメージを作る体験はアパレルやアクセサリーと相性がよく、商品画像の質や、サイズ・素材・色といった属性データの細かさが表示のされ方を左右します。提供は米国が対象で、日本の事業者がすぐ参加できる話ではありません。それでも、決済事業者を通じて複数のAIの画面へ商品を配る形は、日本で同じ仕組みが出てきたときの準備の方向を示しています。

まとめ

Glanceは、ロック画面、テレビ、Siriと発見の入口を広げてきましたが、支払いだけは手元にありませんでした。PayPalのネイティブ決済が入ったことで、少なくともスマホのアプリ内では、インスピレーションから購入までが一続きになりました。

次に注目すべきは、参加する加盟店とブランドの顔ぶれ、手数料の構造、そしてテレビ上で支払いまで完結するかどうかです。Mastercardなど他の決済事業者との併用がどう進むかも、AIの買い物で誰が「最後の一押し」を握るかを占う材料になります。