この記事のポイント
- Marriottが会話型AI検索「Ask Bonvoy」をベータ公開し、約2億8,300万人の会員を自社チャネルにつなぎとめる動きに出ました
- CEOは「AIエージェントが脅かすのはホテルではなくOTAだ」との見立てを示し、仲介手数料の構造そのものを揺さぶろうとしています
- 予約事業者にとっては、検索の入口がエージェントに移る局面で「誰が顧客接点と一次データを握るか」が勝敗を分けます
Marriottが投入した会話型AI検索「Ask Bonvoy」
Marriott unveiled the beta launch of Ask Bonvoy, a conversational AI-powered search experience for nearly 10,000 properties in 146 countries.
loyalty360.org2026年6月17日、Marriott Internationalが会話型AI検索「Ask Bonvoy」のベータ版を公開しました。146の国と地域に広がる約1万軒の物件を対象に、自然言語で宿泊先を探せる新しい検索体験です。まずは米国英語版として、Marriott.comとiOS・Androidのアプリで一部の会員に提供されます。
仕組みはシンプルです。利用者が文章で希望を入力すると、AIが旅の目的を読み取り、ダイニングやスパ、ゴルフといった設備や体験から最適な物件を提示します。従来の日付・地名による絞り込みも併用でき、気になる物件を選べばそのまま既存の予約フローへ移れる設計です。
特筆すべきは、回答の根拠をMarriottが保有する検証済みの物件データのみに限定している点です。オープンなウェブ上の情報を参照しないため、設備や料金の説明が実態とずれにくいとされます。汎用チャットボットが抱える「もっともらしい誤情報」のリスクを、自社データで囲い込むことで抑える狙いがうかがえます。
CEOのAnthony Capuano氏はこの取り組みを、旅行計画をより簡単で直感的なものにするための技術投資の一例と位置づけました。EVPのDrew Pinto氏も、旅の各段階で現代的なやり方で利用者に寄り添う設計だと説明しています。将来的には約2億8,300万人のBonvoy会員へ拡大し、ポイントを使った検索や多言語対応も視野に入れているとされます。
ベータという慎重な出し方にも意味があります。まず一部の会員に絞って提供し、実際の検索体験や回答精度を確かめながら段階的に広げる構えです。約2億8,300万人という巨大な会員基盤をいきなり開放すれば、誤った回答や予約離脱が大規模に発生しかねません。検証済みデータに根拠を限定したうえで、対象を絞って磨き込む。この慎重さ自体が、検索体験を「自社の品質責任の範囲」として抱え込もうとする姿勢の表れです。
なぜ自社で検索体験を抱え込むのか
IHGやWyndham、Hiltonも相次いでAI検索を投入していますが、Marriottが選んだのは外部のChatGPTやGeminiに頼らない自社アーキテクチャでした。この選択には、ホテル業界が長年抱えてきた構造的な悩みが透けて見えます。
旅行者の多くは、まず汎用の検索エンジンやAIアシスタントで宿を探し始めます。その入口を他社に握られると、最終的な予約がOTA(オンライン旅行代理店)経由に流れ、ホテルは高い仲介手数料を払わされます。実際、MarriottとHiltonは2026年初頭の年次報告書で、ChatGPTのようなAIプラットフォームが利用者をOTAへ誘導し、流通コストを押し上げるリスクを正式に明記しました(Skift)。
だからこそ、検索という最初の接点を自社アプリとサイトに取り戻す意味は大きいのです。Ask Bonvoyは単なる便利機能ではなく、会員との一次接点を仲介者に明け渡さないための防衛線として設計されています。検索から予約までを自社内で完結させれば、手数料も顧客データも手元に残ります。
CEOが示した「脅かされるのはOTAだ」という読み
今回のニュースをより興味深くしているのが、Capuano氏のAIエージェントに対する見立てです。世間ではしばしば「AIエージェントがホテルを中抜きする」と語られますが、同氏の論調はむしろ逆を向いています。
同氏は決算の場で、AIは過去数十年にわたって業界を支配してきた顧客獲得の枠組みを再定義しうる、と語っています。そのうえで、AIがMarriott Bonvoyのエコシステムへ新たな消費者を呼び込み、直販チャネルを強化する可能性に楽観的だと述べました(Skift)。
この発言の含意は明快です。AIエージェントが本当に賢くなれば、利用者は「どのサイトで予約するか」を気にしなくなります。エージェントが最良の条件を見つけて自動で手配するなら、価格比較とリスティングを生業としてきたOTAの存在価値は薄まります。仲介の手数料で成り立ってきたレイヤーこそが、エージェント化の直撃を受けるというわけです。
裏付けとなる動きが、Googleとの提携です。同社はGoogleのAI Modeと連携し、検索から生まれた予約を単なるリンク送客で終わらせず、AI Mode上で直接処理する仕組みを設計したと明らかにしています(Skift)。Googleを送客の「ユーティリティ」として使い、顧客の意図を直接捕まえることで、OTAを経由させずに直販へ取り込む構図です。
ここで効いてくるのが、ロイヤルティプログラムという独自資産です。会員限定の体験や価格、ポイントといった「粘着性」のある仕掛けは、エージェントが価格だけで比較しにくい価値を生みます。供給側のブランドが強いロイヤルティ基盤を持っていれば、たとえ検索の入口がエージェントに移っても、最終的な囲い込みで主導権を握れる。WyndhamやHiltonも同様にロイヤルティとAIを掛け合わせており、業界全体がOTAの手数料から逃れる賭けに動いています。
エージェント時代に問われる「接点とデータの主導権」
もっとも、この構図がそのままホテル側の勝利を意味するわけではありません。エージェントが本当に中立な立場で最良の選択肢を探すなら、自社データに閉じたAsk Bonvoyは比較の土俵にすら乗らない可能性があります。利用者が外部エージェントに「一番安い宿を探して」と頼んだ瞬間、Marriottの自社検索は迂回されてしまうからです。
つまり問われているのは、囲い込みと開放のバランスです。会員基盤とロイヤルティという独自資産で自社チャネルを強くしつつ、外部エージェントから発見されるための接続性も確保しなければなりません。閉じすぎれば見つけてもらえず、開きすぎれば手数料と顧客データを失う。この綱引きが、今後の旅行予約の主戦場になります。
この緊張関係は、ホテルに限った話ではありません。小売でも交通予約でも、検索の入口がエージェントに移る局面では同じ問いが立ちます。商品やサービスの提供者は、エージェントに対して構造化されたデータを開放しながら、最終的な顧客接点とロイヤルティを自社に残せるか。Ask Bonvoyとそれを取り巻くCapuano氏の発言は、その難題に対するブランド側からの一つの回答例といえます。
ここで見落としてはならないのが、自社AI検索とエージェント連携は二者択一ではないという点です。Marriottは自社の検索体験を磨きながら、同時にGoogleのAI Modeへ予約処理を開放しています。会員を直接囲い込むチャネルと、外部の発見経路を両立させているわけです。重要なのは、どちらの経路を通っても予約と顧客データが自社に着地するよう、接続の条件を自分たちで設計することです。エージェントに「見つけてもらう」ことと、手数料や一次データを「手放さない」ことは、設計次第で両立しうるのです。
まとめ
Ask Bonvoyの投入は、検索という入口を自社に取り戻すための具体的な一手でした。そしてCEOが示した「脅かされるのはOTAであってホテルではない」という読みは、エージェント化が仲介レイヤーから侵食していくという、より大きな構造変化を言い当てています。
予約事業者やEC事業者にとっての示唆は明確です。エージェントが顧客の意思決定を代行する時代には、価格比較やリスティングの仲介だけでは価値が痩せていきます。一次データ、ロイヤルティ、そして直接の顧客接点を握る側が主導権を持ちます。囲い込みと、エージェントからの発見可能性。この両立をどう設計するかが、これからの競争を左右します。





