2026年6月17日

Marriottが会話型AI検索「Ask Bonvoy」始動 — ホテル予約を自社サイトに囲い込むトラベルコマースの新潮流

この記事のポイント

  1. Marriottが約1万軒のホテルを自然言語で探せる会話型AI検索「Ask Bonvoy」を米国英語のベータ版として公開し、年内に全世界へ拡大する計画を示しました
  2. 回答を自社の検証済みデータだけに「グラウンディング」し、約2.83億人のBonvoy会員を外部AIではなく自社サイト/アプリに留める囲い込み戦略が核心です
  3. HiltonやIHGも同様の会話型AI検索を立ち上げており、検索の入り口を巡る主導権争いがEC・予約事業者の集客設計を一変させつつあります

Marriottが踏み出した「検索ボックスの先」

2026年6月16日、世界最大級のホテルチェーンであるMarriott Internationalが、会話型のAI検索ツール「Ask Bonvoy」のベータ提供を開始しました。旅行者はこれまでのように日付や地名をフォームに入力するのではなく、ふだんの言葉で「家族4人で行ける、スパとゴルフがあるリゾート」のように尋ねるだけで、同社が世界に展開する約1万軒のホテルから候補を絞り込めます。

数十年にわたってオンライン旅行検索の標準だった検索ボックスとフィルターから、Marriottは静かに軸足を移しつつあります。今回のベータは米国の英語環境に限定され、Marriott.comとiOS/Android版Bonvoyアプリで、一部の会員と新規登録者にのみ提供されます。同社は段階的な展開によってリアルタイムのフィードバックを取り込み、年内のグローバル展開に向けて精度を高める考えです。最終的には、約2億8,300万人にのぼるBonvoy会員へと開放していくとしています。

Ask Bonvoyは何をするのか

Ask Bonvoyは、Marriott独自のAIアーキテクチャ上で動作します。利用者が入力した自然言語のクエリを解釈し、その旅の目的を特定したうえで、ポートフォリオの中から関連性の高い候補を提示します。「家族旅行向き」「ビーチが近い」「スパやダイニング、ゴルフが充実している」といった条件を、会話の流れの中で受け止めていくイメージです。

このツールの特徴は、回答の生成方法にあります。一般的な生成AIがウェブ全体の情報を参照するのに対し、Ask BonvoyはMarriottが保有・検証した施設データだけに回答を紐づけます。ダイニング、スパ、ゴルフといった施設情報の正確性を担保し、誤情報(ハルシネーション)を避けるための設計です。CEOのAnthony Capuano氏は「会話型AIを、旅行者がポートフォリオを探索する体験の中心に据えるもの」と位置づけています。

現時点のベータでは、従来の日付・地域フィルターによる検索も併用できます。Ask Bonvoyで泊まりたい宿が決まると、既存の予約機能へと引き渡される流れで、AIが直接決済まで完結させるわけではありません。最高収益・技術責任者のDrew Pinto氏は、行き先が明確な利用者にも、まだ漠然と旅を思い描いている段階の利用者にも応える設計だと説明しています。今後は、Bonvoyのポイントを使った検索にも対応させていく方針です。

なぜ「自社データに閉じる」ことが戦略になるのか

Ask Bonvoyの設計思想を読み解くと、技術的な堅牢性の話を超えた、明確な事業戦略が見えてきます。それは、旅行計画のプロセス全体を自社のエコシステム内に留めるという狙いです。

旅行者の検索の起点は、いま大きく揺らいでいます。ChatGPTやGoogleのAIモードといった外部のAIに「おすすめのホテルは」と尋ねる行動が広がれば、ホテルチェーンは自社サイトを訪れる前の段階で比較され、場合によっては競合と並べて提示されてしまいます。Marriottが回答を自社データだけにグラウンディングするのは、競合施設を表示させず、誤情報を抑え、なおかつ予約をMarriott.comとアプリに集約させるための布石です。

興味深いのは、Marriottがこの「壁に囲まれた庭(ウォールド・ガーデン)」を築く一方で、外部のAIにも積極的に拠点を構えている点です。同社はGoogleの新しいAIモード旅行プロダクトで連携し、OpenAIの広告パイロットプログラムにも参加しています。Skiftはこの動きを、旅行者がどこで検索を始めるのかをまだ誰も確信できないなかでの、合理的なヘッジだと評しています。自社の庭を整えつつ、他社の庭にも土地を買っておく。この二正面の構えこそが、現時点での現実解だと言えます。

HiltonとIHGも参戦する「検索の入り口」争奪戦

会話型AI検索への投資は、Marriottだけの動きではありません。同業の主要チェーンが、相次いで同じ領域に踏み込んでいます。

Hiltonは2026年3月、自社サイト全訪問者が使えるHilton AI Plannerを公開しました。会話型のプロンプトから旅行を組み立て、ポートフォリオの中から候補を提案する仕組みで、早期の予約コンバージョン向上につながっているとされています。一方でHiltonのCIOは、生成AIの利用コスト、いわゆる「トークノミクス」と向き合う必要性にも言及しており、こうしたツールの運用が無償ではないことを示しています。

IHGはやや異なるアプローチを取りました。同社はChatGPT上で動くアプリを提供し、7,000軒超のホテルをChatGPT内で検索・比較できるようにしたうえで、IHG.comとIHG One Rewardsアプリへの会話型検索の追加も予定しています。外部AIに露出して発見されやすくしつつ、最終的な予約は自社の直販チャネルへ誘導する。MarriottやHiltonの「囲い込み」とは対照的に、外部の流入を取り込みながら内部でコンバージョンを得るハイブリッド型と言えます。

この三者三様の動きが示すのは、ホテル業界が「検索の入り口」を誰が握るのかを巡る局面に入ったという事実です。OTA(オンライン旅行代理店)の領域でも、ExpediaやBooking.comがChatGPTのアプリとして名を連ね、ExpediaはAIエージェントを脅威ではなく機会として取り込む姿勢を打ち出しています。検索・発見・予約という旅行のジャーニー全体が、AIエージェントを軸に再編されつつあります。

EC・予約事業者への示唆

Ask Bonvoyの登場は、ホテル業界に限った話ではありません。商品やサービスを扱うすべてのEC・予約事業者にとって、いくつかの実務的な示唆を含んでいます。

第一に、自社の構造化された商品データが、AI時代の競争資産になるという点です。Marriottが自社の検証済みデータだけで会話型検索を成立させられたのは、施設情報を機械可読な形で整備していたからにほかなりません。アメニティ、料金、空室といった情報をAIが正確に解釈できる形で持っているかどうかが、自社AIを動かせるか、外部AIに誤って表現されるかの分かれ目になります。

第二に、外部AIへの「送客」と自社への「囲い込み」をどう両立させるかという設計判断です。Marriottがウォールド・ガーデンと外部連携を同時に進めているように、どちらか一方に賭けるのではなく、自社チャネルでの体験価値を高めながら、ChatGPTやGoogleといった外部のエージェントに発見されるための準備も並行して進める姿勢が求められます。

最後に、AIが対話の入り口になっても、決済と予約の確実性は依然として事業の生命線だという点です。Ask Bonvoyが当面は既存の予約機能に処理を引き渡す設計を取っているのは、会話型の体験と、確実なトランザクション処理を切り分けて考えていることの表れでもあります。発見から予約・決済までをエージェント経由でなめらかにつなぐ基盤をどう整えるかが、次の論点になっていくはずです。

まとめ

Marriottの「Ask Bonvoy」は、単なる新機能の追加ではなく、旅行者の検索行動がAIへと移行するなかで、自社のデータと顧客接点をどう守り、どう活かすかという問いへの一つの回答です。自社データにグラウンディングして信頼性を担保し、約2.83億人の会員を自社サイト/アプリに留めながら、同時に外部AIへの拠点づくりも怠らない。この二正面の戦略は、HiltonやIHG、さらにはOTA各社の動きとあわせて、トラベルコマースの主導権がどこに向かうのかを映し出しています。検索の起点がフォームから対話へと移るこの転換は、ホテルに限らず、商品データと顧客接点を持つすべての事業者にとって、自社の立ち位置を見直す契機になるでしょう。