2026年6月26日

Visaの成長を牽引する「付加価値サービス」── エージェンティックコマースとAIフィンテック提携の狙い

この記事のポイント

  1. Visaはこの1週間でAlchemy、Nuvionなど複数のAIフィンテックと相次ぎ提携し、AIエージェントによる決済の基盤を急速に整備している
  2. 提携の狙いは、決済手数料以外の「付加価値サービス(VAS)」収益を拡大すること。VASは投資家が最も注視する指標で、直近四半期は前年比27%成長している
  3. EC・予約事業者にとって、Visaの動きはAIエージェント経由の購買が「実験段階」から「実用段階」へ移る合図となる

Visaが付加価値サービスでAIフィンテックと相次ぎ提携

2026年6月、Visaはわずか1週間のあいだに複数のAIフィンテックとの提携を立て続けに発表しました。AI開発企業のAlchemy、AIを活用したクロスボーダー決済のNuvion、そしてステーブルコインウォレットを手がけるOpera傘下のMiniPay。一見バラバラに見えるこれらの動きには、ひとつの共通した狙いがあります。

その狙いとは、店頭での決済手数料に依存しない新しい収益源を太くすることです。American Bankerの報道によれば、これら一連の提携は、規制やフィンテックの台頭で圧力を受けるカード決済手数料を補う「付加価値サービス(value-added services、VAS)」を強化する戦略の一環です。

エージェンティックコマース、つまりAIエージェントが人に代わって購入や予約を行う領域は、まだ利用が本格化していません。Visaはここに早期から投資し、来たるべき需要を自社のインフラ上に取り込もうとしています。

そもそも「付加価値サービス(VAS)」とは何か

Visaの決算を読むうえで欠かせないのが、VASという指標です。VASとは、カード決済の取引ごとに得る手数料(インターチェンジ等)とは別に、Visaがネットワークの上で提供する付随的なサービスから生まれる非決済収益を指します。具体的には不正検知、トークン化、コンサルティング、データ分析、そして今回のようなエージェント向けインフラなどが含まれます。

なぜ投資家がこの数字を注視するのか。理由は、決済手数料そのものが規制当局とフィンテックの両方から圧力を受け続けているからです。取引量に連動する従来型の収益は成長の天井が見えやすい一方、VASはVisaが持つ膨大な決済ネットワークを土台に、新しいサービスを次々と上乗せできる「伸びしろ」として評価されています。

実際にこの分野は急成長しています。Visaの2026年第2四半期決算では、VAS収益は前年比27%増の33億ドルに達し、純収益全体のおよそ30%を占めるまでになりました。VisaとMastercardはともに直近四半期で20%超のVAS成長を報告しており、調査会社TD Cowenのアナリストは両社について「堅実な中核決済の成長に、意味のあるVASの貢献を組み合わせている」と評しています。

William Blairのアナリストも、Visaにとってのこの流れを「追い風(tailwind)」と表現し、エージェント取引のセキュリティ確保やオープンバンキングの支援が、安定した利回り向上を支えると指摘しています。VASは単なる副収入ではなく、Visaの成長ストーリーの中心に据えられているのです。

AIエージェント専用カード「AgentCard」が示すもの

今回の提携で最も象徴的なのが、AI開発企業Alchemyとの協業です。AlchemyはAIエージェント向けのID・決済プラットフォーム「AgentCard」を、VisaのエージェントコマースポータルであるVisa Intelligent Commerceに統合しました。

AgentCardが解決しようとしている課題は明快です。Alchemy CEOのNikil Viswanathan氏は、既存の金融インフラが人間を前提に設計されている点を問題視しています。

銀行は人間のために設計されています。人間ならWebサイトに能動的にアクセスし、銀行口座を開き、カードを受け取れます。しかしいま私たちが目にしているのは、人間向けに作られたインフラを簡単には使えないAIエージェントの波です

Agentは、本人確認(KYC)やマネーロンダリング対策の仕組みをそのままでは通過できません。そこでAgentCardは、AIエージェントに対してVisa決済トークン、専用のメールアドレス、電話番号、暗号資産ウォレットをひとつのAPIでまとめて発行します。これにより、OpenAIやAnthropicなどのモデルで構築されたエージェントが、人に代わって旅行を予約したり、食事を注文したり、サブスクリプションを更新したりできるようになります。利用者自身はチェックアウト画面に触れる必要がありません。

注目すべきは初動の数字です。CoinDeskの報道やAlchemyのプレスリリースによれば、AIエージェント向けのこのデジタルカードは公開後48時間で7万8,000件の登録を集めました。流通する数十億枚のクレジットカードに比べればごくわずかですが、「AIエージェントを持つ人がまだ多くないのに、これだけの需要がある」とViswanathan氏は手応えを語っています。

クロスボーダー送金とステーブルコインへの広がり

AgentCardが消費者向けエージェント決済の入り口だとすれば、残る2つの提携はその裏側を支える送金・決済レールの強化にあたります。

Visaは即時送金システムVisa DirectにNuvionを統合しました。Nuvionのクロスボーダー決済AIを組み合わせることで、企業はカード、多通貨口座、外国為替、そしてステーブルコイン決済レールといった複数の手段を通じて、送金を自動的に処理できるようになります。ここでもキーワードは「自動化」であり、AIが最適な送金経路を選ぶ世界が想定されています。

もうひとつ、AIとはやや距離のある提携として、Visaはノルウェーのフィンテック企業Opera傘下のステーブルコインウォレット「MiniPay」と組み、ステーブルコイン残高を1億7,500万を超える加盟店で利用できるカードを投入しました。Operaのモバイル担当エグゼクティブバイスプレジデント、Jørgen Arnesen氏は「MiniPayは、ステーブルコインを保有・送金するだけでなく、日常で使えるものにするために作られた」と述べています。

ステーブルコインはVisaにとって戦略的な柱になりつつあります。直近の決算では、ステーブルコイン関連のカードプログラムの取引量が前年比でほぼ3倍に拡大し、年間換算で70億ドル規模の決済量に達したと報告されています。AIエージェントと暗号資産という、どちらも関心は高いものの利用がこれからの2分野を、Visaは同時に耕そうとしています。

VisaとMastercardの競争構図

この動きはVisa単独のものではありません。背景には、ライバルMastercardとの「エージェンティックコマースを次の成長エンジンにする」競争があります。

Visaは2025年に、信頼できるAIエージェントを認証し、不正なエージェントと区別するための枠組み「Trusted Agent Protocol」を立ち上げました。このプロトコルにはAdyen、Ant、Checkout.com、Coinbase、Microsoft、Shopify、Stripe、Worldpayなど、決済とECの主要プレイヤーが名を連ねています。OpenAIやAnthropic、Perplexityといった主要AIプラットフォームも参加しており、Visaはエージェント認証の業界標準を押さえにいっています。

一方のMastercardは、加盟店がエージェント決済を行えるようにする「Merchant Cloud」を「Mastercard Agent Pay」と連携させ、偽の加盟店を見抜く不正監視ツールなども提供しています。両社の戦い方は驚くほど似ています。中核の決済成長を守りながら、エージェンティックコマースとステーブルコインを「長期的な市場規模を広げる補完的なインフラ層」として位置づける。この共通認識こそが、いま業界全体を動かしている力学です。

EC・予約事業者にとっての示唆

ではこの一連の動きは、商品やサービスを売る側にとって何を意味するのでしょうか。

最も重要なのは、AIエージェント経由の購買が「実験」から「実用」へと段階を移しつつあるという事実です。Visaのグローバル成長プロダクト責任者Rubail Birwadker氏は、過去1年で変わったのは提携の「スピードと深さ」だと述べ、技術が実証実験から実世界での利用へ進んでいると説明しています。AgentCardが48時間で7万件超の登録を集めたことも、需要の芽が確かに存在することを示しています。

EC・予約事業者が今後備えるべき論点を整理すると、次のようになります。

論点従来(人間の購買)エージェント時代に必要なこと
顧客の識別ログインIDやカード情報で本人を確認正規のAIエージェントを認証し不正エージェントと区別する
チェックアウト人間が画面を操作して決済画面を介さずAPI経由で完結する購買への対応
不正・リスク対策人間の行動パターンを前提に検知エージェント特有の取引パターンとトークンに対応
商品・在庫データ人間が見やすいページ表示構造化データとAPIでエージェントが取得できる形に

カードネットワークがエージェント認証や決済トークンの標準を握りにいく以上、加盟店側も「人間ではないエージェントが正規の顧客として購入してくる」前提で、自社のチェックアウトや不正対策、在庫・価格表示を見直す必要が出てきます。Visaが整備しているのは、その購買が安全に成立するための土台です。エージェントが商品を選ぶ世界では、構造化された商品データやAPIでアクセスできる在庫情報が、選ばれるための条件になっていきます。

まとめ

Visaの一連の提携は、単発のニュースとして読むと見えにくいものの、つなげると一本の戦略線が浮かび上がります。決済手数料に頼らないVAS収益を、エージェンティックコマースとステーブルコインという2つの新領域で伸ばす、という線です。

まだ利用は始まったばかりで、AIエージェントを使う消費者は決して多くありません。それでもカードネットワーク各社が認証プロトコルやエージェント専用カードを急いで整えている事実は、需要が立ち上がる前に基盤を押さえておこうという判断の表れです。次に注目すべきは、AgentCardのような仕組みの登録数が実際の取引量へどれだけ転換するか、そしてVASの成長率が今後の四半期でどこまで伸びるかという2点でしょう。