Omnichatが1,000万ドルを調達:LINE・WhatsAppのチャットで販売まで担うAIエージェントの中身とEC事業者への示唆
香港のOmnichatがシリーズAで1,000万ドルを調達しました。チャットで配信・販売・CS・分析を担うAIエージェントの現状と資金の使途、会話型コマースでEC事業者が決めておくべき点を解説します。
この記事のポイント
- 香港のOmnichatが、Openspace Capital主導で1,000万ドルのシリーズAを調達しました。資金は2026年に投入したAIエージェント群「Omni AI Agents」の研究開発と、アジア太平洋の外への展開に充てます
- 同社のエージェントはLINEやWhatsAppなどのチャットの中で、配信の企画、商品の推薦と注文、問い合わせ対応、売上分析を受け持ちます。会話を1つの顧客プロフィールにまとめ、店舗での購入まで会話に結び付ける点を差別化の軸にしています
- 導入数や成果の数字はいずれも同社の発表で、第三者の検証はありません。Metaも自社でエージェントを無料提供し始めています。EC事業者は、チャットのどの仕事を任せ、どこで人が承認し、売上をどう測るかを先に決めておく必要があります
香港のOmnichat、チャットの中で売るAIエージェントに1,000万ドル

AIネイティブのマーケティング・顧客体験プラットフォームのOmnichatが、Openspace Capital主導で1,000万ドルのシリーズAを実施。Agentic AIプラットフォームの拡大、Omni AI Agentsの研究開発、海外展開を加速します。
blog.omnichat.ai2026年10月26日、香港のOmnichatは1,000万ドルのシリーズAを発表しました。リードはシンガポールに本拠を置くOpenspace Capitalで、Darwin VenturesとAcorn Pacific Venturesが参加しています。PR Newswireの配信文によると、Openspace Capitalは東南アジアを専門とする運用会社で、GoJek(GoTo)やKredivoへの投資実績があります。
Omnichatは、LINEやWhatsAppといったメッセージアプリでの接客と販売を支えるSaaSを提供してきました。顧客がチャットで質問し、店員がチャットで答え、そのままチャットで買う。この「会話型コマース」の基盤として、同社は5,000社の顧客を抱え、顧客企業の売上として累計1億ドル超を生んだと説明しています。顧客にはDyson、FILA、Watsons、L'OCCITANE、VF Corporationなどが並びます。
今回の発表で気をつけたいのは、すでに提供している製品と、調達資金で今後やることが混ざって伝わりやすい点です。資金の使途として挙げられたのは、Agentic AIプラットフォームの拡大、Omni AI Agentsの研究開発の深化、海外展開の加速の3つです。いずれも「これから」の計画で、新しい国での提供開始日や新機能の公開時期は示されていません。企業価値も未開示です。この点はOpenToolsの記事も指摘しています。
すでに動いているのは4つのエージェント
では、資金を受けて伸ばす対象の製品は、いま何をしているのでしょうか。発表文が挙げるOmni AI Agentsは次の4つです。
| エージェント | 発表で示された役割 | 公開時期・利用状況(同社発表) |
|---|---|---|
| AI Marketing Agent | 顧客セグメントを作り、1つの指示から配信施策一式を作る | 2026年6月からの2か月で利用ブランド数が3倍 |
| AI Sales Agent | チャットの中で商品を推薦し、注文を締める | 利用数は未開示 |
| AI Customer Service Agent | 問い合わせに24時間対応する | 利用数は未開示 |
| OmniClaw | 顧客行動、チャットの傾向、店舗単位の売上帰属をリアルタイムで分析する | 2026年6月公開。2か月で約300ブランドが採用 |
この構成は一度に出てきたものではありません。Omnichatは2026年5月、自社を「AIネイティブのエージェント型顧客体験プラットフォーム」へ作り替えると発表しました。その中核がOmni AI Message Flowです。ブランドのWebサイトのURLを入れるとトーンや知識を読み込み、「どんな施策を打ちたいか」を自然な文章で伝えると、配信のシナリオ、分岐のロジック、文面と画像までをまとめて作ります。これまでマーケターが画面上で部品をドラッグして組んでいた作業を、エージェントが下書きする形です。
同じ発表では、安全のための仕組みも2つ示されました。1つは人が「AIスーパーバイザー」として重要な操作を承認する仕組み(Human-in-the-Loop)で、もう1つは公開前に会話の分岐を試せるテスト環境です。エージェントが勝手に動くのではなく、人の承認を前提に置いていることは、導入を検討する側にとって大事な前提です。
6月には、AIの業務アナリストであるOmniClawが加わりました。製品ページによると、施策の成果、チャットの件数や応答時間、顧客の行動を、データを書き出すことなくOmnichatの中で分析します。「今月の配信はなぜ伸びたのか」と聞くと要因を説明し、次の配信の下書きまで作ります。同社によれば、OmniClawは公開から2か月で約300ブランドが採用し、同じ期間にMarketing Agentを使うブランド数は3倍になりました。
Sales Agentは「チャットで注文を締める」
EC事業者がいちばん気になるのは、Sales Agentがどこまで取引に踏み込むかでしょう。発表文は「チャットの中で商品を推薦し、注文を締める」と書いています。一方、Omni AIの製品ページのSmart Shopping Agentの説明は、顧客の好みを聞き取って商品を推薦し、チャットに直接の購入リンクを送るというものです。
つまり現時点で確認できるのは、推薦からカートや購入ページへの橋渡しまでです。決済がチャットの中で完結するのか、リンク先のECサイトで行うのか、エージェントが在庫や価格をどの頻度で参照するのかは、公開資料からは分かりません。チャネルごとに使える機能の違いや料金も未開示です。
CEOのAlan Chan氏は、2026年3月に台湾のマーケティング誌の取材で、エージェントをCRM、在庫、POSとつなぐことで、LINEやWhatsAppの中で「荷物が店舗に届きました。受け取りコードはこちらです」と直接伝えられると語っています。チャットボットが「Webサイトをご確認ください」と案内するだけの段階から、社内のシステムを操作して答える段階へ移る、という説明です。
差別化の軸は「1つの顧客プロフィール」と店舗の売上
チャットツールの多くは、複数のアプリに届いた問い合わせを1つの受信箱に集める「共有受信箱」です。Omnichatはこれと自社を明確に分けています。マーケティング、販売、CSを1つの顧客プロフィールの上で動かし、売上を会話に結び付けることを差別化の中心に据えています。
特に目を引くのが、実店舗での購入まで会話の成果として数える点です。前述の取材でChan氏は、エージェントがオンラインで顧客の要望を確かめ、店舗での試着や試用に誘導し、最終的な売上をその店のスタッフに帰属させる仕組みを説明しています。AIが店員の売上を奪うのではなく、店員に客を渡す設計にすることで、店舗側の協力を得やすくする狙いです。
成果の例も、同社のサイトにいくつか載っています。製品ページではTimberlandの担当者が、Webサイトの訪問者を店舗の販売員につなぎ、7倍のコンバージョン率に達したと述べています。2026年5月公開のQV Skincareの事例は、小売店経由で売るために「誰が買ったか」が見えない化粧品ブランドが、WhatsAppを起点に顧客データを集め、新規ユーザーを74%増やしたという内容です。
卸や小売店を通して売るブランドにとって、この「売り場で顧客が見えない」問題は切実です。チャットを顧客との直接の接点にし、そこで得た情報を1人の顧客にまとめる。Omnichatのエージェント群は、その接点を人手を増やさずに回すための道具として位置付けられています。
今回のシリーズAは、会話型コマースからAI主導のコマースへ移行するうえで重要な一歩です。従来の顧客メッセージツールは、売上を作るのに今も多くの人手を必要としています。
数字は割り引いて読む必要がある
ここまでの数字は、ほぼすべてがOmnichat自身の発表です。約300ブランド、3倍、5,000社、1億ドル超、7倍、74%のいずれにも、第三者による検証はありません。3月の取材で示された「反復的な問い合わせの70%超をAIが解決」という数字も、同社が複数の国際ブランドを支援した経験に基づく説明です。
投資情報サービスのDealroomは、この調達の意味は、OmnichatがAI機能を足すことではなく、複数の市場で安定した販売とサービスの成果を示せるかで決まると指摘しています。同じ記事は、アジア太平洋で企業向けAIエージェントへの投資が続いていることにも触れ、シンガポールのLevel3AIやOneByZeroの調達を挙げています。
エージェント全般にも慎重な見方があります。Gartnerは2025年6月、エージェント型AIのプロジェクトの40%超が2027年末までに中止されるとの予測を出しました。理由はコストの膨張、価値の不明確さ、リスク管理の不足です。既存のチャットボットやRPAを「エージェント」と呼び替える「エージェントウォッシング」にも注意を促しています。
競争の構図も変わりつつあります。Metaは2026年6月、Meta Business Agentを世界のあらゆる規模の企業へ広げると発表しました。WhatsAppやMessengerで100万社超がすでに使い、カタログからの商品推薦、予約、販売の締めまでを担います。開始は無料で、今後は有料プランを用意する予定です。インドでの展開を扱った記事でも触れたとおり、チャネルの持ち主が自らエージェントを提供する以上、Omnichatのような事業者は「複数アプリをまたぐ顧客データ」と「店舗まで含めた売上の計測」で価値を示し続ける必要があります。
日本のEC事業者が確認しておきたいこと
日本では、チャットでの接客といえばLINE公式アカウントが中心です。Omnichatは2026年5月の発表で、Meta Business Partner、LINE Biz-SolutionsのGold Tech Partner、AWS Partnerの3つを同時に持つアジア太平洋で唯一の企業だと説明しています。ただし、今回の資金でどの国に進出するかは示されておらず、日本での提供や体制はこの発表からは読み取れません。
それでも、この事例から学べることは具体的です。ミラノのTextYessが掲げる「自律型CRM」と同じく、チャットのエージェントは「返信する係」から「配信を企画し、売り、分析する係」へ役割を広げています。導入を考えるなら、少なくとも次の3点を先に決めておくと、ツール選びで迷いにくくなります。
- 任せる仕事の範囲:問い合わせ対応だけか、商品推薦と購入リンクの送付までか、配信の企画までか
- 人が承認する場所:値引き、返品、配信の送信など、エージェントに独断させない操作の線引き
- 売上の測り方:チャット経由の購入を、ECサイトと店舗でどう識別し、どの会話に帰属させるか
特に3点目は、店舗を持つ事業者ほど重要です。会話の成果を店舗の売上まで追えなければ、エージェントに投資した効果を説明できません。Omnichatが「店舗での購入まで会話に帰属させる」ことを売りにしているのは、まさにこの点が多くの企業で詰まっているからです。
まとめ
Omnichatの1,000万ドルは、会話型コマースのツールが「人が返信するための画面」から「エージェントが販売を担う基盤」へ移ろうとしていることを示す出来事です。ただし、今回の資金で何がいつ実現するかはまだ示されていません。
次に注目したいのは、Sales Agentがチャットの中で決済まで完結させるのか、そしてMetaやLINEといったチャネルの持ち主が自前のエージェントを広げるなかで、複数チャネルと店舗をまたぐ計測がどこまで独自の価値として残るかです。


