SharkNinjaがAgentforceとShopper Agentを全世界展開、AIエージェントが週2万件のチャットで購入前後の接客を担う事例
米SharkNinjaはSalesforceのAgentforceとShopper Agentを全世界に展開し、AIエージェントが週約2万件のチャットで商品選びからセットアップ支援までを担っています。仕組み、数字の読み方、EC事業者への示唆を解説します。
この記事のポイント
- 米家電大手SharkNinjaは、約9か月でコマース基盤をSalesforceのCommerce Cloud、Agentforce、Shopper Agent、Data 360、Service Cloudへ全面的に作り直し、北米から順に展開する全ての国へ広げました。AIエージェントは週約2万件の顧客チャットを処理し、購入前の商品選びから、箱のQRコードで始まるセットアップ支援、交換部品の検索までを担っています
- 要点は、購入前と購入後の接客を同じエージェントと同じ顧客データ基盤でつないだことです。量販店やAmazon、TikTok Shopで買った客も、保証登録やセットアップ支援を通じて自社の顧客として把握し、次の購入につなげる設計になっています
- 公表された成果の多くはSalesforceの顧客事例によるもので、チャット経由のコンバージョン率11%の定義や比較基準、導入費用は未開示です。EC事業者にとっては、エージェントより先に商品データと注文データを統合し、人への引き継ぎ経路を設計しておくことが先決になります
SharkNinjaが9か月で基盤を作り直し、AIエージェントを接客の前面に

CIOのVelia Carboni氏が、Salesforceとともにエージェント型AIの競争を先導しています。
diginomica.com掃除機のSharkと調理家電のNinjaを展開する米SharkNinjaが、コマース基盤を丸ごと入れ替え、AIエージェントを顧客接点の前面に置きました。diginomicaが9月25日に掲載したCIOのVelia Carboni氏へのインタビューで語られました。
「9か月ですべてを書き直した」とCarboni氏は言います。まず米国とカナダで稼働させ、その後、同社が進出している全ての国へ展開を広げました。同じ取り組みの中で、Service Cloud、Data Cloud(現Data 360)、Agentforce、そしてオンラインストア向けの接客エージェントであるShopper Agentも稼働させています。
同社は41の消費財カテゴリーに製品を持ち、年におよそ25の新製品を出し、毎年13〜14か国ずつ展開国を増やしています。diginomicaによれば、Agentforceのエージェントは現在週に約2万件の顧客チャットを処理しています。
2年前にCarboni氏が着任した時点の旧基盤は、カスタマイズやソーシャル連携、グローバル展開に制約を抱え、物流拠点が増えるにつれて受注管理も複雑になっていました。Salesforceのブログによると、実装は1月に始まり、9月にカナダ、続いて米国で稼働しています。この約9か月が「書き直し」の期間にあたり、欧州の残りの国への展開は2026年第2四半期に完了しました(後述)。
購入前のエージェントは「どれを買えばいいか」に答える
出発点にあったのは、品揃えの広さそのものが客を迷わせるという問題でした。Carboni氏は「年に25製品を出すが、あまり廃番にしないので、消費者は選択肢の多さに圧倒される」と述べ、ショッピングエージェントを「一緒に買い物をする相手(co-shopper)」と表現しています。
Salesforceの顧客事例は、エージェントの動きを具体的に説明しています。客が「スムージーにはどのブレンダーがいいか」と尋ねると、エージェントはまず用途を確かめる質問を返します。そのうえで「shopper search action」という機能でリアルタイムの商品カタログを検索し、条件に合う上位3製品を順位付けして提示します。購入履歴も確認し、すでに持っている製品は勧めずに、組み合わせて使う製品やアクセサリーを提案します。
購入後の対応も同じエージェントが受け持ちます。注文の追跡、保証登録、返品の受付、交換部品の特定を自律的にこなし、「このShark掃除機に合うフィルターはどれか」といった質問に製品ごとの答えを返します。Salesforceのブログは、配送状況の問い合わせから新製品の発見までを1つの会話で扱える点を強調しています。古い掃除機のことで連絡してきた客は、買い替えの有力な候補にもなります。
この買い物機能は、既存のFAQエージェントに後から足されたものです。SharkNinjaは8週間でFAQエージェントに案内型の買い物機能を加え、2025年11月初旬に公開しました。創業者のMark Rosenzweig氏は、年末商戦に向けて10月1日以降は新機能を入れないという社内の締め切りがあったと明かし、「基盤とデータがすでにあったから間に合った」と語っています。事例ページによれば、エージェントは公開から4か月で28万件のチャットを処理し、コンバージョン率は11%でした。
Salesforceは2026年6月に一般提供を始めたAgentforce Commerceの新リリースで、Shopper Agentを商品発見から決済、その後のサービスまでを自社ストア上の会話で受け持つエージェントと位置づけました。在庫や注文、顧客データに最初からつながる点が、後付けのチャットボットとの違いだと同社は主張しています。
購入後のエージェントは箱のQRコードから始まる
diginomicaの取材でCarboni氏が特に力を入れていると語ったのが、「unboxing agent(開封エージェント)」です。
最初の対象は、20を超える部品とアクセサリーを持つエスプレッソマシン「Ninja Luxe Café Premier」でした。説明書はスマートフォンで読みにくい横長のPDFでした。Salesforceの事例によると、この1製品だけで2025年にセットアップ関連の問い合わせが数千件発生し、電話1件あたりの平均対応時間は18分に達していました。
2026年4月に始まった新しい仕組みでは、客が箱のQRコードを読み込むと、その型番専用の案内画面が開きます。本体の準備、エスプレッソの調整、レシピといった入口を選ぶと、あらかじめ決められた手順に沿って一歩ずつ進みます。重要な工程を飛ばさないよう、この部分はAIの自由な生成に任せず、手順を固定しています。一方で客はいつでも手順を外れて「ミルクフォーマーの掃除はどうするのか」と自分の言葉で質問でき、エージェントはその型番に紐づいた記事や画像、動画から答えを返します。
設計で目を引くのは、エージェントに答えさせない場面を先に決めている点です。客が人と話したいと言ったときや、「マシンから火花が出る」といった安全に関わる訴えがあったときは、エージェントが自分で解決しようとせず、人の窓口へ誘導します。回答の根拠を型番単位のコンテンツに限るため、Salesforceのエンジニアが専用の検索機構(リトリーバー)も作りました。
対応言語は日本語を含む7言語です。SharkNinjaはこのエージェントが問い合わせの30%を自律的に解決し、1日あたり約1,000人を支援すると見込んでいます。いずれも実績ではなく見込みの数字です。今後は購入の完了やアカウント情報の更新、担当者へのリアルタイムの引き継ぎを加え、他の製品にも広げる計画が示されています。
小売経由で買った客を自社の顧客に変える
SharkNinjaの取り組みをエージェンティックコマースの事例として読むと、中心にあるのは販売チャネルの構造です。Carboni氏はdiginomicaに対し、事業の多くはD2C(消費者直販)ではなく、大手小売やAmazon、TikTok Shopといったパートナー経由で買われていると説明しています。
開封エージェントに力を入れているのは、私たちに登録してほしいからです。
米国のTikTok Shopでは参入1年足らずで最大のブランドになりましたが、小売店やマーケットプレイスで買った客の連絡先は、通常メーカーには届きません。箱のQRコードから始まるセットアップ支援は、メーカーと購入者が初めて直接つながる接点として機能します。Salesforceの事例によれば、エージェントは他社の小売店で購入された製品の保証登録も受け付けています。
こうして集まった接点を1人の顧客として束ねるのが、顧客データ基盤のData 360です。ゲスト購入や別のメールアドレスで買った客を同一人物と認識し、閲覧、購入、サポートの履歴を1つのプロファイルにまとめます。国ごとに呼び名が違う同じ製品も1つに揃えます。エージェントが「まだ持っていない製品だけを勧める」には、この統合が前提になります。
仕組みは自社サイトの外にも広がりつつあります。2026年9月15日、SalesforceとGoogle CloudがDreamforce 2026で提携拡大を発表した際、Carboni氏は、Google検索やGeminiアプリで製品を表示し、UCP(Universal Commerce Protocol、AIエージェント経由の購買のための共通仕様)によるチェックアウトを検索結果上で可能にすることで、発見から購入までの距離を縮めると述べました。決済と受注管理はCommerce Cloudに残したままです。SharkNinjaでの開始時期は未開示です。同じ発表では、SharkNinjaのAI・新技術担当VPであるEvan Gerber氏が、Gemini LiveとAgentforceを組み合わせてセットアップ支援を「製品の相棒」に育てる構想も示しました。
公表された数字をどう読むか
| 指標 | 数値 | 出所 | 読み方の注意 |
|---|---|---|---|
| AIエージェントが処理するチャット | 週約2万件 | diginomica(CIO取材) | 購入前と購入後の内訳は未開示 |
| 買い物機能の公開後4か月のチャット | 28万件 | Salesforce顧客事例 | 2025年11月初旬の公開以降の累計 |
| チャット経由のコンバージョン率 | 11% | Salesforce顧客事例 | 定義と比較基準は未開示 |
| サイトのコンバージョン率(前年比) | 6%上昇 | Salesforce顧客事例 | Commerce Cloud導入全体の結果で、エージェント単独の効果ではない |
| カートに入れられた商品数(前年比) | 14%増 | Salesforce顧客事例 | 同上 |
| 顧客の離反率(前年比) | 58%低下 | Salesforce顧客事例 | 同上 |
| 開封エージェントの自律解決率 | 30% | Salesforce顧客事例 | 実績ではなく見込み。1日約1,000人の支援も見込み |
| Agentforceの導入費用 | 未開示 | なし | チャット1件あたりのコスト、人への引き継ぎ率も未開示 |
これらの数字の多くは、Salesforceの顧客事例、つまりベンダーが自社製品の導入効果として示したものです。コンバージョン率11%は目を引きますが、どの行動をコンバージョンと数えたのか、エージェントを使わなかった客と比べてどうなのかは示されていません。チャットを始める客はもともと購買意欲が高い傾向があるため、11%をそのままエージェントの効果とは読めません。前年比の改善幅も基盤刷新全体の結果です。
CEOのMark Barrocas氏は2026年8月の第2四半期決算説明会で、欧州の残りの国での自社EC(D2C)のSalesforce移行は第2四半期に終えたばかりで、効果は第4四半期から見え始め、2027年に加速すると説明しました。D2C売上の比率も開示していないと述べています。Agentforceの導入費用、チャット1件あたりのコスト、人の担当者に回った割合も未開示です。
人への引き継ぎにも留保が残ります。買い物と問い合わせのエージェントは、3回試して解決できないと「お問い合わせ」ページへ客を案内する設計で、会話の文脈ごと担当者へ受け渡すリアルタイムの引き継ぎは今後の機能とされています。Gartnerが2026年2〜3月に3,566人の顧客を対象に実施した調査では、87%が「生成AIで顧客対応をする企業は人の担当者につながる手段を残すべきだ」と答えました。同社のアナリストは、うまくいかないAIとのやり取りを何度も強いられた客は、そのツールを再び使わなくなると指摘しています。週2万件のチャットのうち、どれだけが人の手に戻っているかは、この事例を評価するうえでの分かれ目になります。
2週間で価値を示せなければ方向を変える
3〜5年がかりのプロジェクトはこの会社の文化では成り立たないとCarboni氏は言います。同社はShopper Agentを含むAIの取り組みを2週間のスプリントで回し、価値を示せなければ課題設定から問い直します。
200のAIパイロットが並行する「典型的な会社だった」状態を変えるため、同社は春に全社の業務をほぼ2週間止め、ハッカソン「Jailbreak Live」を実施しました。財務や人事を含む社員と25社のパートナーが挙げた20の大きな課題は、その後5つまで絞り込まれています。
EC事業者が読み取れること
最初に押さえたいのは、エージェントの前にデータの統合があったという順序です。SharkNinjaが8週間で買い物機能を足せたのは、商品名の表記揃えや型番ごとのコンテンツ、購入履歴の統合がすでに済んでいたからでした。AI接客を検討するなら、まず商品データと注文データが1か所で引けるかを確かめる必要があります。
次に、購入後の接点を顧客獲得の入口として設計する視点です。同梱物のQRコードからセットアップ支援や保証登録へ誘導し、その体験自体を役に立つものにすれば、登録は顧客にとっても意味のある行動になります。
最後に、エージェントに任せない領域と計測方法を先に決めることです。安全や強い不満が絡む場面は人に渡し、チャット利用客と非利用客をどう比べ、何をコンバージョンと数えるかを事前に定めます。SharkNinjaの公開情報に欠けているのはまさにこの比較の部分です。
まとめ
SharkNinjaは、購入前の商品選びと購入後のセットアップや部品探しを同じAIエージェントと同じ顧客データでつなぎ、小売経由の購入者を自社の顧客として取り込もうとしています。週2万件のチャットという規模は示されましたが、成果の多くはまだベンダーの事例と見込みの段階です。人への引き継ぎがどこまで滑らかになるか、Googleの検索結果上でのUCPチェックアウトが実際に動き出すか、そしてCEOが予告した第4四半期以降の業績に効果が表れるかが、次に見るべきポイントです。


